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第20話
何度か唇を食まれて、あ、これは舌まで入れられるやつかも。と萩山が目を閉じると、数回リップ音を響かせてからゆっくりと崎田が離れていった。
目を開けると、眉間にしわを寄せながらこちらを真剣に見つめる彼がおり、萩山まで身体を硬くした。
「――俺は、いつでも萩山にキス、できるよ」
搾り出すような声色に、心臓が大きく高鳴る。
間違いなく、ヒートのそれではない鼓動に萩山が戸惑っていると、崎田はいつもの笑顔に戻る。
「別に、応えてもらおうとは思ってないから萩山は気にしないで」
穏やかな口調でそう言われ、否定も肯定もできない萩山は口をつぐむ。
少しの間そうしていると、給湯を完了しました。という電子音が二人の間に入り込む。
「あ……」
「萩山、先入ってきな」
有無を言わせない迫力に、萩山はこくこくと頷いて着替えを取り出し、リビングから廊下へ出るためにドアノブを掴む。
「タオルはわかりやすいところに置いてあるはずだけど、見つからなかったら言えよ」
彼の気遣いの言葉すら胸に引っかかり、振り返る勇気のない萩山はわかった、と蚊の鳴くような声で呟いてからドアを閉めた。
脱衣所の引き戸を開けると、改修が入ったらしい新しめの洗面台が目に入る。視線をあちこち移すと、洗濯機の横にある台の上にバスタオルが置かれていた。
服を脱ぎ、持って帰りやすいように畳んでから風呂場のドアを開ける。
古い建物に押し込まれた綺麗なシステムバスは、広さこそないものの男の一人暮らしには十分すぎるそれだった。
身体を軽く流してからお湯に浸かると、先ほどまで強張っていた身体がゆるみ、心までほぐれたような気持ちになる。
しかし、崎田の言葉と行動をどう受け止めていいのかわからないままな事実が引っかかり、心の奥底に沈んだ異物のような気持ち悪さが残っていた萩山は、家主に気づかれないように小さくため息を漏らすのだった。
「……さすがに、冗談でキスはしないよな」
いくら幼馴染とは言っても、再会したばかりの自分のヒートを落ち着けるためにセックスやキスをするのは、萩山の価値観では少し違和感がある。
これが「αとΩだから」という世の中の一般的な感覚だというのなら、自分は外の世界を知らないままでもいいのかもしれない。
もやもやとした気持ちが、湯に溶け出せばいいのにと考えながら、萩山はゆらゆらと揺れる水面をしばらくぼうっと見つめ続けていたのだった。
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