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第24話

 仰向けになりながらメッセージアプリを開いたり消したりしていると、すぐに夕食に呼ばれた。  母が作った煮物と味噌汁、焼き魚といういつも通りの献立を、ほとんど無言で口に運ぶ。  食卓には父もいたが、会話はほとんどなかった。母はテレビを見て笑っていたが、その笑い声が遠くで響いているようにしか感じられなかった。  箸を置いたとき、胸の奥に空洞のような寂しさが広がる。何かをしていないと、いけないことをぐるぐると考えてしまいそうだった。  ――外に出よう。  無言でリビングを出て玄関を開くと、冷たい夜風が頬を撫でた。  秋の気配が濃くなってきた空気の中を、ポケットに手を突っ込みながら歩く。何もないこの小さな街で、自分が行く先なんてなかったが、気づけば街で唯一のコンビニの看板が見えていた。  店の前の駐車場に、見覚えのある黒のSUVが停まっている。  磁力で貼り付けられたように足がびたりと止まった。  心臓の音が一拍遅れて鳴る。――まさか。  何かに導かれるように、ガラスのドアを押して開く。  視線を左に動かすと、向こうに、雑誌コーナーの前で立ち読みしている横顔があった。  昨日と同じジャケット、明るめの頭髪、この田舎には不釣り合いなほど垢抜けた雰囲気――間違いなく崎田がそこにいた。  一瞬、時間が止まる。  声をかけるか、引き返すか。頭の中で何度も迷った。けれど、躊躇っている間に、彼がこちらを振り向いた。 「……萩山?」  その穏やかな声に、胸がぐしゃりと掴まれる。  驚きと、嬉しさと、恥ずかしさと――どれでもない何かが一気に溢れそうになる。 「……なんで、ここに」 「いや、ちょっと通りがかって。コーヒー買おうと思って」  店内を歩き、流れるような動作で店員にコーヒーを二つ注文する。二つの紙コップを持って、コーヒーマシンの前に立った崎田に手招きされた。 「……一緒に飲む?」  ほんの数秒の間が、やけに長く感じた。  しかし、紙コップを受け取った瞬間、まだ入っていないはずの温もりが指に伝わってきて、胸の奥がじんとした。 「ありがとう……」 「元気そうで、よかった」  それだけの会話だった。  それなのに、あの朝の続きのように、空気の温度が少しだけ変わっていくのが分かった。  お互い無言でコーヒーマシンの前に立ち、二人分のコーヒーを淹れ終わるとガラスの扉を押してコンビニを出る。  外に出ると、夜風が先ほどよりもやわらかかった。 「なあ萩山、今時間あるか?」 「ん?あるよ」 「一緒にドライブしようか」  コンビニの白い光に照らされた顔が、彼の顔の彫りの深さを際立たせる。  考えるよりも先に、首が縦に動いていた。

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