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第26話
ごくわずかな時間触れ合っていた唇が、名残惜しそうに離れていく。お互いが求め合うように何度も触れるだけの口づけを繰り返していて、萩山の心の奥底ではなぜだろう、という気持ちもあった。
しかし、それを上回るほどの本能が理性を押さえつける。頭がぼうっとしてきて、もっと欲しい――と思った途端、崎田のスマートフォンが滑り落ちて車の床に落ちる。
ごとり、という振動ではっとしたようにお互い動きを止めると、どこを見ていいかわからず視線を泳がせる。
「あ、そうだ崎田……連絡先、教えて」
「そ……そうだったな」
スマートフォンを拾い上げてロックを解除すると、先程表示されていた画面が表示される。
そこに出ているQRコードを読み取ると、崎田遼、という名前と何も設定されていないアイコンが表示された。
「これで、いつでも連絡できるな」
「そうだね」
「またヒートになったら教えて、迎えに行くから」
仕事は大丈夫なのか、と一瞬疑問が頭をよぎったが、なんとなく触れてはいけない部分だと感じた萩山は小さく頷く。
ヒートになんてなりたくないはずなのに、こんなにも待ち遠しい気持ちになる自分はやはりΩなんだなあと萩山は一人自嘲した。
萩山がスマートフォンを胸ポケットにしまうと、車内の空気がまた沈黙に包まれた。
どちらからともなく息を吐き、熱の名残を持て余すように視線を窓の外に逃がす。
外では、等間隔に小さな小さな明かりが灯っている。
ほんの数分前まであんなにも近かった距離が、今は不思議なほど遠く感じられた。
「……もう、帰らないとだな。萩山は歩きだったろ?送るよ」
崎田がそう言って、ボタンに手を伸ばす。エンジンがかかる音、カーナビが立ち上がる音、それらが小さく響くたびに、現実が静かに戻ってくるようだった。
「うん」
返事をしながらも、心はまだ少し前の感触を探している。
あの瞬間、崎田の体温が自分に移った気がして、いまだ胸の奥が熱を持っていた。
「今日は……その、送ってくれてありがとう」
ようやく絞り出した言葉に、崎田が軽く笑う。
「あは、まだ出発もしてないのに……送らせてくれて、ありがとう」
何でもない会話なのに、どちらも笑ってしまう。窓越しに風が通り抜け、ふたりの笑い声をさらっていった。
交差点を曲がりながら、萩山はハンドルを握る横顔を見た。その横顔はどこか穏やかで、けれど少し寂しそうでもあった。
「また……会える?」
思わず零れた言葉に、崎田は一瞬だけ目を見開く。
信号の青が彼の瞳に映り、淡い光を宿した。
「もちろん」
その言葉が、静かに胸の奥に沈んでいく。
信号が赤に変わるまでのわずかな時間が、永遠に続けばいいと思った。
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