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第28話
しばらくメッセージを見つめたあと、萩山はスマートフォンを伏せた。
液晶の光が消えて、部屋が再び闇に沈む。
つい一時間ほど前までそこにあった赤いテールランプの残像が、まだ瞼の奥で瞬いていた。
布団に身体を沈めても、胸の奥がざわざわとして落ち着かない。窓越しに入ってくる風の音も虫の声も、すべてがやけに澄んで聞こえる。
普段なら、少し疲れた夜はすぐに眠りに落ちるはずなのに――今夜だけは違った。
机の上に置いたスマートフォンが、小さく震える。
跳ねるように手を伸ばして画面を見ると、そこにはまた、一行だけだが確かに新しい文字列が表示されていた。
『萩山こそ、ちゃんと休めよ』
心臓が、また大きく鳴った。
それだけの言葉なのに、声まで聞こえた気がする。
昼間よりも優しいトーンで、少し笑いながら言っているような。
『うん、そうする』
打っては消し、打っては消し、結局萩山からメッセージを送ることはできなかった。
何を返しても軽く聞こえてしまいそうで、画面を見つめることしかできない。
やがてスマートフォンの光が消え、再び部屋は静寂に包まれる。
その静けさの中で、萩山は天井を見つめたまま、息をゆっくり吐いた。
目を閉じても、浮かんでくるのは同じ顔ばかりだ。
唇の感触も、近づいたときの呼吸も、まるでまだそこにあるみたいに生々しく残っている。
胸の奥が熱くて、眠れない。しかし、その熱が不思議と嫌じゃなかった。Ωとしての大きな高鳴りを初めて覚えて、気持ち悪さよりも嬉しさが勝ってしまっているのも、萩山をますますわからなくさせた。
心と身体がちぎれていってしまいそうなほど乖離している感覚はあるが、むしろ、ずっとこのままでいたいとさえ思ってしまう。
スマートフォンをもう一度手に取る。
画面の明かりが頬を照らし、そこに並ぶたった二行の履歴を見つめる。
――『無事帰ったか?』『お前こそ、ちゃんと休めよ』。
その短いやり取りが、今の世界のすべてみたいに思えた。
明日もまたつまらない日常が始まる。
けれど、もう以前と同じではいられない気がする。
胸の奥に静かに宿った熱は、夜が明けても、きっと消えないなと思いながら萩山は静かに目を閉じた。
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