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第30話
じっと動かないメッセージ画面を見つめたまま、涙の粒が頬を伝った。
さまざまな感情が涙だけでは抑えきれずに手が震えて、スマホを落としそうになる。時間経過で暗くなった画面が、萩山の心を表しているようだった。
送信して間もなく、画面が再び光を放つ。
『どこにいる?』
その文字を見た瞬間、うう、と短い声が漏れる。
助けて、の代わりにこの短い一言を打ってしまった自分を、責める気力ももうなかった。
『家にいる』
なんとかフリック入力をして、それだけ返すと必死に唇を噛み、声にならない嗚咽を押し殺す。
部屋の空気がどんどん熱を帯びていくようで、まともに呼吸ができない。
枕に顔を埋めてその端を掴み、うずくまったままただ時間が過ぎるのを待った。
背中がいやなふうに汗ばみ、心臓の音が耳の奥で反響している。
スマホを握る手の中から、また震えが伝わった。
『すぐ行くから、待ってて』
その短いメッセージが届いた瞬間、世界が少しだけ動きを取り戻した気がした。
どのくらい経ったのか、わからない。
自分の呼吸音しか聞こえなかった耳に、夜の静寂の向こうから近づくエンジン音が飛び込んできた。
どことなく聞いたことがあるような音に、萩山は目を開ける。胸の奥が勝手に反応して、体が起き上がった。
這うようにして窓の外を覗くと、暗い通りの向こうに一台の車が停まっていた。
ヘッドライトの光が消える。
運転席のドアが開いて、崎田が降りてくるのが見えた。その姿を見た途端、堪えていたものが全部あふれ出す。
涙が止まらないまま、萩山は玄関へと向かった。
連日外出する萩山に対して母親が何かを言っていたが、それを聞く余裕すらなかった。
扉を開けた瞬間、冷たい夜気が肌を刺す。
目の前に立つ崎田は、息を弾ませながらも真っ直ぐに萩山を見つめていた。
「大丈夫か?」
その一言に、萩山もう何も言えなくなった。頷くだけで精一杯だった。
崎田は何も言わず、萩山の腕を取って自分の肩に回す。
そのまま、車まで連れていかれた。
車内に乗り込むと、すぐに暖房の風が頬を撫でた。けれど、身体の奥の熱はそれよりもずっと強い。
視界の端で、崎田の指がハンドルを握る。
無言のまま走り出した車は、夜の街を静かに抜けていった。それと同時に、萩山はそっと目を閉じた。
気づけば、見覚えのあるアパートの前に停まっていた。玄関灯の下、少し息を切らしながら崎田が言った。
「ここまで我慢したの、偉いな」
その声が、あまりに優しくて、また涙がこぼれる。
ドアが開き、温かな空気が流れ込む。数日ぶりの、あの部屋の匂い。
玄関を跨いだ瞬間、全身の力が抜けてしまった萩山はその場に崩れ落ちそうになる。その身体を支えながら崎田は低く囁いた。
「すぐ、楽にしてやるから」
その言葉が耳の奥に染み渡り、世界がゆっくりと溶けていく。
萩山は震える唇で何かを言おうとしたが、言葉になる前に、彼の胸に顔を埋めた。
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