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第32話
身体が熱い。早く崎田が欲しい。もっと触って欲しい。
色々な感情が萩山の胸の中で浮かんでは、どろりと溶けていく。
甘える子供のように腕を伸ばすと、それに気づいた崎田が微笑みながら顔を近づけてきた。
「はは、萩山。可愛いな」
リップサービスだろうとは思ったが、それでも紅潮するのを止められなかった。
頬がじんわりと熱くなり視線を逸らすと、崎田が小さく息を漏らす。
「そんな顔、反則だろ」
低く笑う声が耳元を撫でる。その音だけで、背筋がぞくりと震えた。
優しい手つきで触れられるたび、彼の熱が皮膚の奥に沈み込んでいく。
逃げようとか、気持ち悪いとかいう気持ちは既になかった。
ただ、この人に触れられていたい――
その思いだけが、波のように押し寄せてくる。
崎田の指が頬をなぞり、顎を持ち上げる。
「顔、もっと見せて」
言葉に従って潤んだ瞳で顔を上げた瞬間、唇が重なった。
深く、けれど優しく。
萩山は小さく息を呑みながら、ゆっくりと瞼を閉じた。頭ではわかっているのに、身体が言うことをきかない。
唇が離れ、伸ばされた手が再び頬をなぞる。親指の腹が唇の端をかすめた瞬間、息が詰まった。
「……やっぱり、熱いな」
囁くように言って、崎田は額を寄せる。
唇が触れる寸前、萩山はほんの少しだけ息を吸い込んだ。
次の瞬間、柔らかな熱が重なる。最初は短く、確かめるようなキスだった。だがすぐに、求めるようにじわりじわりと深くなっていく。
触れ合うたび、体の奥の熱が形を持って広がっていく気がした。
息継ぎするたび、崎田の呼吸が近くにある。
それだけで、心臓の音が痛いほど響いた。
「……さきた」
名を呼ぶ声は、自分のものとは思えないほど甘く滲んでいた。
崎田がそっと背に手を回す。
力強く抱きしめられたその感触に、萩山は思わず身体を預けた。
逃げ場を失っていくはずなのに、不思議と恐怖はなかった。代わりに、安堵のようなものが胸の奥に溶けていく。
この人の腕の中なら、何も怖くない。
そんな錯覚を覚えるほどに、彼の体温は穏やかで優しかった。
額を合わせたまま、しばらく動けない。
ただ呼吸を重ね合いながら、世界がふたりだけのものになる。
「……もう、我慢しなくていいからな」
耳元で囁かれたその声に、萩山は小さく頷いた。胸の奥で、何かがほどける音がした。
崎田の唇が頬を伝い、首筋を撫でていく。
身体の奥に熱が広がり、思考が霞んでいく。
重ねられた唇の熱の中で、萩山はただひとつのことだけを思っていた。
――この夜が、終わらなければいいのに。
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