32 / 66

第32話

 身体が熱い。早く崎田が欲しい。もっと触って欲しい。  色々な感情が萩山の胸の中で浮かんでは、どろりと溶けていく。  甘える子供のように腕を伸ばすと、それに気づいた崎田が微笑みながら顔を近づけてきた。 「はは、萩山。可愛いな」  リップサービスだろうとは思ったが、それでも紅潮するのを止められなかった。  頬がじんわりと熱くなり視線を逸らすと、崎田が小さく息を漏らす。 「そんな顔、反則だろ」  低く笑う声が耳元を撫でる。その音だけで、背筋がぞくりと震えた。  優しい手つきで触れられるたび、彼の熱が皮膚の奥に沈み込んでいく。  逃げようとか、気持ち悪いとかいう気持ちは既になかった。  ただ、この人に触れられていたい――  その思いだけが、波のように押し寄せてくる。  崎田の指が頬をなぞり、顎を持ち上げる。 「顔、もっと見せて」  言葉に従って潤んだ瞳で顔を上げた瞬間、唇が重なった。  深く、けれど優しく。  萩山は小さく息を呑みながら、ゆっくりと瞼を閉じた。頭ではわかっているのに、身体が言うことをきかない。  唇が離れ、伸ばされた手が再び頬をなぞる。親指の腹が唇の端をかすめた瞬間、息が詰まった。 「……やっぱり、熱いな」  囁くように言って、崎田は額を寄せる。  唇が触れる寸前、萩山はほんの少しだけ息を吸い込んだ。  次の瞬間、柔らかな熱が重なる。最初は短く、確かめるようなキスだった。だがすぐに、求めるようにじわりじわりと深くなっていく。  触れ合うたび、体の奥の熱が形を持って広がっていく気がした。  息継ぎするたび、崎田の呼吸が近くにある。  それだけで、心臓の音が痛いほど響いた。 「……さきた」  名を呼ぶ声は、自分のものとは思えないほど甘く滲んでいた。  崎田がそっと背に手を回す。  力強く抱きしめられたその感触に、萩山は思わず身体を預けた。  逃げ場を失っていくはずなのに、不思議と恐怖はなかった。代わりに、安堵のようなものが胸の奥に溶けていく。  この人の腕の中なら、何も怖くない。  そんな錯覚を覚えるほどに、彼の体温は穏やかで優しかった。  額を合わせたまま、しばらく動けない。  ただ呼吸を重ね合いながら、世界がふたりだけのものになる。 「……もう、我慢しなくていいからな」  耳元で囁かれたその声に、萩山は小さく頷いた。胸の奥で、何かがほどける音がした。  崎田の唇が頬を伝い、首筋を撫でていく。  身体の奥に熱が広がり、思考が霞んでいく。  重ねられた唇の熱の中で、萩山はただひとつのことだけを思っていた。 ――この夜が、終わらなければいいのに。

ともだちにシェアしよう!