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第33話
鎖骨のあたりに、崎田の指先がそっと触れる。まるで壊れものに触れるような、恭しい手つきだった。
その一線をなぞる指の温度が、静かに、けれど確かに萩山の奥まで染みていく。
撫でられるたびに、息が浅くなる。
もっと触ってほしい――そう思うのに、崎田の動きは慎重すぎて、もどかしさが膨れ上がっていった。
唇が首筋をなぞり、喉の脈を確かめるように止まる。崎田の吐息がかかり、身体の奥が確かに震えた。
そのまま唇が鎖骨の窪みに落ちて、ひとつ、吸い付くような音がした。
ぢゅ、と微かに湿った音。
その瞬間だけ、崎田の動きがわずかに荒くなる。
理性の糸が切れたように、強く吸い上げられた場所がじんと熱を帯びた。
「……っ」
声にならない声が萩山の口から漏れる。
次の瞬間、崎田がはっとして顔を上げた。
「……悪い。痛くなかったか?」
その声はわずかに掠れていて、その後は荒い息をなんとか抑えつけるようにゆっくりと呼吸していた。
瞳の奥に、ほんの一瞬だけ抑えきれない衝動が見えた。
αとしての本能。
それを自覚したように、崎田は小さく息を吐いて、吸い跡の上を指でなぞった。
「……ごめん。つい、抑えきれなかった」
「だ、大丈夫……服で隠れるし」
「ああ……そう、そうだよな」
崎田の様子が少し変わったが、萩山はそれに気づく余裕はなかった。彼に謝られても、萩山の胸の奥はなぜかざわついている。痛みよりも、そこに刻まれた証が嬉しい。
彼の欲が自分に向いているのだと、身体が知ってしまう。
なのにそのあとはまた、穏やかな指先が頬や喉を撫でるばかりで、核心には触れてこない。
胸の上に落ちていた視線が、ゆっくりと逸れていく。
萩山は、ほんの少しだけ唇を噛んだ。もっと、奥まで触ってほしいのに。
そんな子どもじみた願いを飲み込んで、彼の動きをただ受け入れる。
けれど、指が胸元の布をめくるたび、肌が空気に晒されていくたびに、心の奥が疼いた。
胸の尖りのすぐそばを掠めるのに、決して触れない。焦らすような動きに、もやもやとした気持ちが胸に広がる。
理性が小さく抗議しても、身体の方は正直だった。
息を殺し、彼の指がどこに行くのかを追う。
――なのに、そこには決して触れてくれない。
「さき、た」
震える声で名を呼ぶと、崎田がゆっくり顔を上げた。
その瞳に、またあの穏やかな光が宿っている。
焦らすでも、責めるでもなく、ただ慈しむような眼差し。
それが優しすぎて、少しだけ泣きたくなった。
「大丈夫。もう痛いことはしないから」
囁きながら、崎田はもう一度鎖骨の跡に唇を落とした。
今度は噛むことも、吸うこともせず、ただその場所を確かめるように。
熱が静かに広がっていく。その優しさが、余計にもどかしい。萩山は、胸の奥で小さく叫ぶ。
もっと欲しい、もっと確かめてほしい――
でも、その言葉は喉の奥で溶けて消えた。
代わりに、そっと彼の背に手を回す。
それだけで、崎田の動きが止まり、短い沈黙が流れる。
静かな息づかいの中で、ふたりの鼓動が重なっていった。
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