43 / 66

第43話

 ふと気がつくといつの間にか寝てしまっていたようで、きれいに清められた身体に家主への感謝を心のなかで述べる。  少し重いものが身体に乗っているのを感じて視線をずらすと、崎田が自分を抱き寄せたまま、眠りに落ちていた。身体の熱がようやく静まっても、胸の奥はまだ波打っていた。  ベッドの上に残る匂いも、擦れた声も、全部が「さっきまで」を証明している。  崎田の腕の中は、あまりにあたたかくて、そこに包まれるたび、心のどこかがほっとしてしまう。  けれど、その安心を感じた瞬間、同時に胸の奥で別の痛みが生まれる。  ――違う。俺は、Ωとして生きてはいけないし、こんな風に安らいじゃいけない。  理性がそう言うのに、身体がそれを裏切る。  居心地が悪くなった萩山が首元に手をやると、指先が金具に触れた。  まだ冷たい。さっきまで、彼の手がその場所を撫でていたせいで、余計に感触が鮮明だ。  この鉄と革でできた障害物がなかったら、きっと崎田は、迷わず噛んでいた。  自分も、それを許してしまっただろう。  ひゅ、と瞬間呼吸が浅くなったことを自覚した萩山は、何度も深呼吸して、視線を横にやる。  隣では、崎田が浅い眠りに落ちていた。  寝息に合わせて動く胸が、まるで生き物みたいで、見ているだけで苦しくなる。  ――どうして、こんなに欲しいと思ってしまうんだろう。  この街で生活する以上、番になれないとわかっているのに。  理屈では、もうとうに諦めていたはずなのに。  萩山は、そっとベッドから降りた。  足元のシーツがくしゃりと鳴る音に、少しだけ罪悪感を覚える。  洗面台の明かりを点けると、鏡の中の自分が、どこか別人みたいに見えた。  首輪の下の肌がうっすらと赤くなっていて、それを指先でなぞると、心臓が強く脈打つ。  これがある限り、俺は自由じゃない。でも、外れてしまったら、きっともっと怖い。  眉間にしわを寄せながら、冷たい洗面台に手をついて細く長い息を吐く。今同じ屋根の下に崎田がいるはずなのに、なぜだかひとりきりだと感じた。

ともだちにシェアしよう!