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第43話
ふと気がつくといつの間にか寝てしまっていたようで、きれいに清められた身体に家主への感謝を心のなかで述べる。
少し重いものが身体に乗っているのを感じて視線をずらすと、崎田が自分を抱き寄せたまま、眠りに落ちていた。身体の熱がようやく静まっても、胸の奥はまだ波打っていた。
ベッドの上に残る匂いも、擦れた声も、全部が「さっきまで」を証明している。
崎田の腕の中は、あまりにあたたかくて、そこに包まれるたび、心のどこかがほっとしてしまう。
けれど、その安心を感じた瞬間、同時に胸の奥で別の痛みが生まれる。
――違う。俺は、Ωとして生きてはいけないし、こんな風に安らいじゃいけない。
理性がそう言うのに、身体がそれを裏切る。
居心地が悪くなった萩山が首元に手をやると、指先が金具に触れた。
まだ冷たい。さっきまで、彼の手がその場所を撫でていたせいで、余計に感触が鮮明だ。
この鉄と革でできた障害物がなかったら、きっと崎田は、迷わず噛んでいた。
自分も、それを許してしまっただろう。
ひゅ、と瞬間呼吸が浅くなったことを自覚した萩山は、何度も深呼吸して、視線を横にやる。
隣では、崎田が浅い眠りに落ちていた。
寝息に合わせて動く胸が、まるで生き物みたいで、見ているだけで苦しくなる。
――どうして、こんなに欲しいと思ってしまうんだろう。
この街で生活する以上、番になれないとわかっているのに。
理屈では、もうとうに諦めていたはずなのに。
萩山は、そっとベッドから降りた。
足元のシーツがくしゃりと鳴る音に、少しだけ罪悪感を覚える。
洗面台の明かりを点けると、鏡の中の自分が、どこか別人みたいに見えた。
首輪の下の肌がうっすらと赤くなっていて、それを指先でなぞると、心臓が強く脈打つ。
これがある限り、俺は自由じゃない。でも、外れてしまったら、きっともっと怖い。
眉間にしわを寄せながら、冷たい洗面台に手をついて細く長い息を吐く。今同じ屋根の下に崎田がいるはずなのに、なぜだかひとりきりだと感じた。
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