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第47話

 車のライトが濡れた路面に反射して、細く伸びる光の帯を作っている。  傘を握る手が少し震えたのは、雨の冷たさだけではない。胸の奥に、まだ昨夜の余韻と崎田への渇望が残っているからだ。 「……あの」  声にわずかに力が入る。すると車のドアが静かに開き、彼の体温がすぐそばに迫るのを感じた。  「濡れてるだろ。乗りなよ」  短い一言。けれどその中に含まれる優しさと独占欲が、萩山の胸をぎゅっと締めつける。  助手席に腰を下ろすと、雨の音が窓にあたるたび、昨日の夜の光景が蘇った。  視線を外しても、心の中では崎田が隣にいる。腕の中の安堵も、首筋の熱も、まだ消えていない。 「……なんで、送ってくれるの」  つい問いかけてしまったその声に、崎田は少し笑った。 「萩山が濡れるの、嫌だからだよ。歩いていったろ、今日」 「……うん」  笑い方も、視線の優しさも、すべてがαとしての彼の本能であり、独占であり、愛情だと萩山は感じた。  車内に沈黙が落ちる。  雨の音だけが二人の間を満たす。萩山は窓の外に目をやり、思わず小さく息をついた。 ――これが、日常に戻るということ。  でも、昨日までの自分も、今の自分も、全部が混ざり合ったままここにいる。  心の奥で、何かがまだ疼いている。いや、疼かせてしまっているのは自分だ。  それでも、安心する。隣にいるのは崎田で、彼の存在が、この冷たい雨の日を温めてくれる。 「なあ、崎田」 「ん?」  不意に声をかけられ、上ずった声で返答をする。 「ちょっと時間あるか」 「ある、けど……どうして」  心の奥底でまた熱を与えられることを期待している自分に呆れつつも疑問をぶつけると、崎田はおかしそうに笑った。 「あは、そんな固くなるなって。寒いし、仕事も疲れたろうからコンビニでコーヒー奢ろうかと思って」 「え、いいの?」 「いいよ。いつも頑張ってるもんな」  その一言に、心のどこか固まった部分を溶かされた気持ちになった萩山は、溶けて溢れた水分が目からこぼれ落ちたことに一瞬気づかなかった。  その様子をティッシュを差し出しながら責めるでもからかうでもなく、崎田は眺めていた。 「うし、じゃあコンビニ行くか」  車が発進する音に、鼻をすする音を溶け込ませながら萩山は窓の外を見た。

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