48 / 66

第48話

 車は静かに街道を進む。雨音がワイパーに合わせてリズムを刻むたび、胸の奥に昨日の夜と同じ熱が微かに戻ってくる。  萩山はハンドルを握る手の感触、車の揺れ、窓に映る自分の影……すべてを淡く感じながら、視線を遠くの街灯に向けた。  隣で静かに座る崎田の体温が、膝に伝わっている気がする。手を伸ばせば届く距離。けれど、まだ触れない距離。 ――ここで甘えてしまったら、また戻れなくなる。  頭ではそう思うのに、心は自然とその温もりに寄せられてしまう。  「……昨日のこと、変に思ってない?もっと欲しいとか、そういうこと言っちゃって」  思わず口にした言葉に、萩山自身も驚いた。声が震えないように努めながらも、内心はまだドキドキしていた。  「変だなんて思うわけないだろ」  崎田の声は低く、確かに自信に満ちていた。それだけで、萩山の胸の奥の緊張が少しだけ緩む。  「……そっか、よかった」  小さく頷きながらも、心の中では昨日の記憶がぐるぐると回る。あの夜、自分が求めたこと、受け入れてしまったこと――すべてが、まだ胸を締め付ける。  けれど同時に、今ここにある安心感も確かだ。  雨に濡れた道路に反射する街灯の光を見つめながら、萩山は小さく息をつく。  「……ありがとう」  自然に出た言葉に、崎田は少し笑って、車内の空気を温める。  「気にすんなよ。お前が安心できるなら、俺はそれでいい」  その言葉は、ただの気遣いではなく、彼の本能と愛情が混ざった証だった。  コンビニの明かりが近づく頃、萩山は胸の奥に残る熱と安心感を同時に抱えながら、少しだけ笑みを浮かべた。 ――昨日までの自分も、今日の自分も、まだ混ざり合ったまま。  けれど、隣に崎田がいる限り、この日常も少しずつ、自分の居場所になっていくのだろう。  しかし、隣に崎田がいるということは、自分がΩだと認めることにもなる。その決心が、崎田にはまだ出来ずに考え込んでいると、いつものコンビニは通り過ぎていった。 「あれ、コンビニあそこだぞ」 「わかってるって。今日は足伸ばして隣町のコンビニ行こうぜ。なんでも期間限定のコーヒーがあるらしい」 「そんな、わざわざいいのか?」 「いいよ。萩山のためだし」  女の子なら卒倒するような台詞をさらりと言い放つ崎田に、萩山も頬を赤らめる。  今日の鬱屈とした気持ちが、雨と一緒に洗い流されていくようだった。

ともだちにシェアしよう!