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第49話
隣町のコンビニまで車で二十分程度だったが、そんなことも気にならないぐらい他愛のない会話で盛り上がる。
まるで今だけは「ただの幼馴染」そのものだなと楽しくなってきた萩山は、長年抱えていたある疑問を崎田にぶつけた。
「そういえば崎田、引っ越した後に手紙の返事くれなかったよな」
「あ、あー……まあ、忙しくて」
瞬間空気がぴりついたが、疲労と浮かれでその空気を感じ取れなかった萩山が続ける。
「……寂しかったんだよ、わりと」
「ごめん……あ!でも、今はこんなに一緒にいるからいいだろ」
「それもそうか……ありがとな」
ふと笑い合ったあと、車内に流れる沈黙が少しだけ柔らかくなる。
ワイパーの音がその隙間を埋めるように鳴り、外の雨はまだ細く降り続いていた。
「……なあ、あの頃のこと、たまに思い出すんだ」
萩山がぽつりと呟く。
「引っ越す前の夏、毎日川とか色んなところで遊んで、夜遅くなりすぎて怒られたやつ」
「覚えてる。お前、転んで膝擦りむいて泣いてた」
「うるさいな、あれはお前が押したんだろ」
二人の笑い声が重なり、フロントガラスの曇りが少しずつ晴れていく。
けれど、笑いながらも萩山の胸の奥に、小さな痛みが残った。
――どうしてあの時、こんなに話せなかったんだろう。
どうして、あの「寂しい」のひと言が言えなかったんだろう。
「……もし、あの時ちゃんと手紙くれてたら、俺、多分……違う人生送ってたかもな」
冗談めかして言ったつもりが、声がほんの少し掠れた。
それを察したのか、崎田は視線を前に向けたまま、短く答える。
「……俺も、返事出さなかったこと、今でもちょっと後悔してる」
ハンドルを握る手に、わずかに力がこもる。
「でも、今こうして隣にいられるなら、それでいいと思ってる」
その言葉が、雨音より静かに胸の奥へ沁みていく。
萩山はそっと目を伏せ、濡れた夜の街を眺めた。
もう「幼馴染」だけではいられないことを、どちらもわかっていた。
コンビニの明かりが見えてくる頃には、雨脚は少し弱まっていた。
舗道に反射した白い光が、濡れたアスファルトを淡く照らす。
「着いたな」
エンジンを止めた瞬間、静けさが車内に戻ってくる。
さっきまで途切れず続いていた会話の温もりが、急に遠ざかった気がして、萩山は小さく息を吐いた。
「……コーヒー、俺買ってくるよ」
「いいって。奢るって言っただろ」
そう言ってドアを開けた崎田の肩に、まだ細かい雨が落ちてくる。
その背中を目で追いながら、萩山は膝の上で指を絡めた。
さっきまで平静を装っていたのに、胸の奥はまだじくじくとした熱を持っている。
――あの頃とは違う。
もう、ただの幼馴染なんかじゃない。
けれど、どんな言葉でこの関係を呼べばいいのか、まだわからない。
数分後、崎田が戻ってくる。
「ほら、期間限定のやつ。なんかどこかの特別な豆らしい」
紙コップを手渡され、指先がかすかに触れる。
その一瞬で、また心臓が跳ねた。
多少の断熱材が纏わりついているとはいえ紙コップの表面は熱く、冷たい夜気の中でやけに際立って感じる。
「……ありがと」
受け取った紙コップを胸の前で両手に挟み、萩山は小さく笑う。
「こういうの、久しぶりだな。誰かと夜ドライブとか」
「俺はけっこうあるけどな。一人で行ってばかりだけど萩山と来るのは、初めてだな」
ふっと息を漏らすように笑った崎田の横顔が、コンビニのライトに照らされて柔らかく見えた。
「……なにそれ。ずるい言い方」
思わず呟いた声が、外を走っている車のクラクションにかき消される。
「ずるいって、どこが?」
「そうやって……特別みたいな言い方」
「だって、特別だろ」
その言葉に、萩山の時間が止まった。紙コップを持つ手の中で、熱が一瞬だけ逃げる。
外ではまだ小雨が降っている。
けれどその音も、鼓動の音にかき消されていった。
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