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第51話

 帰りの車の中はいやに静かだった。  フロントガラスに伝う雨の筋が、ゆっくりと光を分ける。緊張した面持ちな萩山の横顔を、街灯が一瞬だけ照らしては消えた。 「……さっきの、ほんとに言ったんだな」  崎田の声は、かすれるように低い。その響きだけで胸の奥が熱くなる。  萩山は小さく頷いた。  言葉にする代わりに、唇をわずかに噛む。それが返事になることを、ふたりとも分かっていた。  そうこうしていると、車が誰も通らないであろう山道に停められる。  車内が冷えそうなほどの沈黙が、二人の間に流れる。シートの擦れる音が、やけに大きい。  その中で、崎田がそっと手を伸ばし、指先が頬に触れる。 「っ……!」 その瞬間、萩山の呼吸がわずかに乱れる。 見つめ合う視線が遠慮がちになったが、離れる様子はなかった。 「……萩山」  名前を呼ぶ声が、息と一緒に震えた。  何もかも見透かした萩山が目を閉じたとき、そっと唇が触れる。  ほんの、触れただけのキス。それでも世界の音が一瞬で遠のいた。  金平糖のような静かな甘さの中で、萩山の心が小さく動く。 「ん、むっ……」  小さく声を漏らしたあとで逃げないまま、ほんの少しだけ首を傾けた。  その仕草に、崎田の息が詰まる。  次の瞬間、萩山から押しつけられたそれで、もう一度唇が重なった。さっきより深く、けれどまだ優しい。触れるたび、互いの温度が溶け合っていく。  車内の空気がゆっくりと温まっていくように、静かな雨音の中でふたりの距離はもう、完全に消えていた。  二人ともコーヒーの苦味を口内に残していたが、それすら気にならないぐらい甘く熱いキスを暫く楽しむ。  唇が離れた頃には、αとΩとしてのものとはまた違う身体の疼きが二人を襲っていた。 「萩山、明日仕事だろ」 「う、うん。でも、一回なら……」 「いや、負担はかけられないから……抜きっこだけしよ」  太ももに添えられた手が、布越しに主張している萩山の中心部へと滑っていく。  その様子をどぎまぎしながら見ていた萩山は、小さく首を縦に振るのが限界だった。

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