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第52話
崎田の視線に絡め取られて、萩山は喉の奥がひゅ、と細く鳴るのを自覚した。
触れられる直前の空気が妙に熱くて、呼吸しにくい。
彼の指が、生温い息をまといながら太ももを撫でる。
そこに触れられるなんて、他の人相手だと若干の気持ち悪さすら感じるのに、今日は違った。
「……緊張してんの?」
からかうような声じゃない。
どこか崎田もぎこちなくて、様子を探るみたいな、弱い声。
「……してない」
嘘だ。声が裏返っている。と、萩山自身、それに気づいて余計に顔が熱くなる。
崎田は困ったように笑い、しかし目はどこか真剣だった。
「いや、してるだろ。俺もだし」
「……え?」
思わず顔を見ると、崎田の耳もほんのり赤く染まっていた。
「だって、こういう恋人っぽいの……昔から想像したことなかったわけじゃないけどさ。いざ萩山とこうしてると、なんか……変な感じ」
ぎこちなく笑った崎田の指先が、ためらいがちに布越しの熱へ近づく。
触れるか触れないかの距離――それだけで全身が跳ねる。
「やっ……それ、急に……」
「ごめん。でも触りたい」
素直すぎる言葉に、萩山は身体から飛び出しそうな心臓を押さえたくなる。
身体より先に、気持ちの方が追いつかなくなっていく。
「……だっ、大丈夫、だから……」
この場面でしっかりと噛んだ。恥ずかしさで穴があったら入りたい。
なのに、言葉にした瞬間、指先の力がほんの少し深まった。
車内の空気が一瞬で変わる。
欲望に流されて……というより、恋人未満の“おそるおそる触れる甘さ”が満ちていく。
「よしき」
名前を呼ぶ声が、さっきより低くて優しかった。
「……手、貸して?」
差し出された手は、微かに震えている。
崎田は強くてカッコよくて何でもできるαなのに、今日はどこか頼りなくて、必死で。
その不器用さが、胸の中にじんわりと広がっていく。
萩山は小さく頷いて、そっと指を絡める。ただ触れただけなのに、息が詰まりそうになる。
こんなことで心臓が跳ねる自分がおかしくて、笑いそうになった。
「なんか……変だな、俺たち」
「……うるさい。変じゃない」
照れも、焦りも、全部が愛しくてたまらなくなる。
そして、そのぎこちなさが二人の距離をさらに縮めていった。
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