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第62話

「あのさ、遼」  車に揺られながら自分でも驚くほど弱々しい声を出した萩山の方を、崎田がちらりと見る。 「……別れようって言う話なら、受け入れるよ」 「いや、違くて……」 「違うのか……?」  金属のようなひやりとした声を出していた崎田だったが、萩山の答えを聞いて声に温度が戻る。  一瞬身構えた萩山は、その温度を感じ取った後ぽつりぽつりと話し始めた。 「……正直、夢の話が現実だって知って混乱してる。俺の体質のことも何で知ってるのか分からないの、正直思うところはある。でも、遼が俺を大事にしてくれてるのは伝わるから……ちょっと、整理する時間を欲しい」 「……わかった」 「あ、週末は予定通り会おう。その時までに色々考えるよ」 「ありがとう……」  崎田の言葉尻がゆらりと揺れる。少し涙声になってると気づいた萩山は、これ以上何も追及することはなかった。  お互いの呼吸以外は何も聞こえない車内で数分過ごしていると、萩山の家に到着する。  自分が話す時間を取るためにわざと少しだけ遠回りしてくれたことに気づいたが、お礼を言う前に崎田が口を開いた。 「由樹。立てるか?」 「ん、大丈夫……色々ありがと」 「いいって。じゃあ、ゆっくり休みなよ」 「うん、おやすみ」  家に入るまで見守らせてくれという崎田を宥めたあと、テールランプが角を曲がっていくのを見送ると、萩山は玄関ドアを開ける。  なんとなく誰とも顔を合わせたくなくて、真っ直ぐ二階へと向かって自室に入ると、適当に服を脱ぎ捨ててパジャマに着替え、すぐベッドに横になる。  色々考えなければいけないこともあるが、まずは体調を戻すのが第一だと考えた萩山は、ぐるぐるする思考を止めるためにぎゅっと目を閉じた。  カーテンの隙間から朝日が差し込んできて、目が覚める。昨日の体調不良はどこへ行ったのかというほどすっきりとした体調とは裏腹に、頭の中はまだもやがかかったような感覚に襲われていた。 「……考えて、どうにかなるのかな」  ぽつりと呟いた弱音は、誰にも聞かれることなく朝の光に消えていった。

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