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第64話

 次の日。妙に朝早く目が覚めてしまった萩山は、二度寝しようと必死で目を閉じたがなかなか睡魔は襲ってこず、諦めて起き上がる。  カーテンを開けると、柔らかな朝日が差し込んできたが今の自分には若干眩しく感じられた。  適当にパンでも食べようと一階に降りると、母が既にリビングにいた。 「休みの日なのに早いわね。どこか行くの?」 「ん、まあ……」 「そう」  聞いてきた割に興味のない返事をされることはよくあることで、もう慣れっこだが不意に食らうと少々置いてけぼりになったような気持ちになる。  崎田ならそんなことないのに、と考えてしまう自分は少し弱いなと心の中で自嘲した。  だらだらと身支度を終え、崎田が迎えに来る予定の時間までパソコンを開いて適当にデータを開いては閉じる。  スマートフォンが震えたので見ると『着いたよ』とだけ表示されていたため、急いで階段を降り玄関の扉を開けた。  そこにはもう見慣れた崎田の車が停まっており、様々な感情が脳内を駆け巡り心臓を高鳴らせながら助手席のドアを開ける。 「おはよう、由樹」  甘ったるい笑顔を向けてきた崎田にどぎまぎしつつ、小さく頷いてシートベルトを締める。  するとすぐに車は発進し、崎田がぽつりぽつりと話し始めた。 「今日、由樹が出て来てくれないかと思って、不安だった」 「……約束しただろ、会うって」 「由樹のそういうところ、やっぱり好きだな……」 「はは、ありがと」  崎田が好きと言ったあと、しまった、という顔をしたため萩山も曖昧な返事で気にしてないことを遠回しに伝える。  これからする話次第で、自分たちのこれからが決まるかと思うと正直心臓どころか内臓全てが口から飛び出てしまいそうな心境だった。  崎田のアパートに着くまでの何分間かの沈黙が、妙に痛く感じた萩山はそっと目を閉じた。  そうこうしているうちに目的地へ到着したらしく、バックするときの電子音が耳に入って萩山は目を開ける。  先に降りた崎田が、助手席のドアを開けて手を差し出してきた。  一瞬迷ったが、崎田の手を取って車を降りる。手のひらから伝わる熱に、心地よさを感じてしまうことも今は少しだけしんどかった。  崎田が玄関ドアを開けて、部屋の中へと迎え入れられる。  前来た時と変わらない整ったリビングのソファーへ座るように促され、萩山はそれに従った。  崎田は何から話そうか迷っているようだった。何度も視線を下にやっては唇を真一文字に結ぶ。 「……遼、あのさ」 「うん」 「子供の頃にうなじを噛まれたら、仮の番みたいになることってあるのかな」  崎田は目を見開いて、何故か泣きそうな顔をする。  意を決したように口を開いた崎田から、萩山は目を離せなかった。

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