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第65話

「……ある、らしい」 「らしい……?」  なんとも曖昧な答えに一瞬気が抜けそうになったが、崎田の表情を見て萩山は気を引き締め直す。 「東京で、そういう研究をしている人と話す機会があったんだけど。聞いてみたらそういう可能性もあるっていう話だった」 「じゃあ、俺のこの体質って昔崎田に噛まれたからかもしれないってこと……?」 「ああ。ずっと黙っててすまない……まさかあの日のことを忘れてると思わなくて……」  目を伏せる崎田のまつ毛が震えているのを萩山はぼうっと見つめる。  確かに覚えていなかったのは自分のせいだが、本当に仮の番というものが存在しているのだとしたら、今後目の前の男以外と番になれない可能性もあるということに気づいた萩山は、嬉しい気持ちもあるが心から喜んでいいものか考えあぐねていた。 「よくわかってないんだけど、俺、もしかしてフェロモン自体はずっと出てたってことなのかな」 「多分……役場で再会したときに由樹のフェロモンの香りがした時、周りに他のαもいるはずなのに誰も何も反応してないのを見て確信した。俺だけにしかわからないフェロモンだって」 「そっか……なあ、遼。俺、Ωが生きづらいこの街でβとして振る舞えるこの体質、結構気に入ってたんだ」  萩山が語り始めると、崎田の視線が揺れる。何を言われるか、少しの期待と多くの恐怖が滲んでいる、そんな瞳だった。 「でも、遼と再会してから自分がΩだって思い知らされて、それなのに嫌じゃない自分がいて。多分それって反応したαが遼だからっていうのもあると思うんだ……」  崎田は言葉の途中で大きく深呼吸してから、崎田の方を真っ直ぐに見てはっきりとした口調で話し出す。 「俺、やっぱり遼と一緒にいたいよ。色々黙ってたのはちょっと嫌だったけど、それ以上に好きだって今気づいた」  崎田は、しばらく固まったまま動かなくなった。申し訳ない表情と、喜びを抑えきれない気持ちが混ざり合って不思議な顔をしていた。  その様子を見ながら、萩山はもう一つ疑問に思っていた事を口にする。 「そういえば、なんで俺の体質のこと把握してたの?再会する前から知ってたような口ぶりだったけど」 「……引いたりしないか?」 「今更」  萩山が笑うと、崎田はほっとした様子で口を開く。 「俺、東京にいた時は探偵事務所にいたんだよね。で、萩山何してるかなって気になって、調べた」 「は……」 「ごめん、キモいだろ」 「いや、崎田が探偵やってたことに驚いてた……なんか、かっこいいね」 「はは、そんな派手な仕事でもないよ」  かっこいいと言われて照れくさそうに頬をかいた崎田は、改まった表情で萩山に向き直った。

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