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アフター2:ヤンキー時代の影(片桐side)
社長職に就いてから、忙しさがようやく少しだけ落ち着いてきた頃。俺は仕事終わり、久しぶりにカフェバーへと出向いていた。
カラン、という音を立てて店の中に入ると、カウンター席の向こうで、マスターが俺を見て一瞬笑みを浮かばせる。
店内の右手の方にあるボックス席で、佐野が俺の方へと振り向き、笑って手を振っている。彼の隣には、当たり前のように黒崎もいる。
「ソウさん会えるの久しぶりっスね!」
ジャケットを脱ぎながら、俺は「ああ」とだけ返す。
「片桐さんも、何だか様になってきましたね。片桐さんのお父さんも、若い頃はそんな感じだったんですかねぇ」
しみじみとした様子で話しかけてくる黒崎を無視して、静かに席に腰を下ろす。
「ソウさん何飲みます?俺はレモンサワー飲んでます!」
「ビール」
「片桐さんストレス溜まってるんだなぁ。まだ若いのに」
にっこりと向かい側の席で微笑む彼をまた無視して、顔を逸らす。
それから、しばらく酒を煽っていると、あっと思い出したように佐野が声を出した。
「ソウさん、透って男覚えてます?」
ガヤガヤとした騒がしい店内の中、俺は正面に座る金髪頭の彼に視線を投げる。
…とおる?
「ほら、昔ソウさんにしょっちゅう喧嘩売ってた相手っすよ!」
片桐さんに勝てるわけないのに。
両手を上げ、やれやれといった仕草をする佐野を横目に、俺は軽く片眉を寄せる。
……誰だ?
「そんな男いたか?」
「え、うえぇーっ!?ソウさん、まさか覚えてないんですか?」
「ああ。まったく」
「えっ、えぇっ!?」
「うるさいな」
「片桐さん、会ったらすぐ分かると思いますよ。誰のことか」
含みを持たせた笑顔を向ける黒崎が、そう言って、ふと目線の先を俺の後ろへと飛ばした。
「まさに、噂をすれば何とやら、ってやつですね」
は?
彼の視線の先を辿って何の気なしに振り返ると、眉間に皺を寄せた茶髪頭の男が、不機嫌そうに立っていた。
こいつ………
「…誰だ」
「ソウさーーんっっ」
襟足が首筋にかかるほどの長さの髪をした男は、俺に向け、ガンを飛ばしてくる。
「やっと見つけたぞ片桐。今日という今日は、お前を逃がさない」
黒色の目の奥に熱い闘志を燃やす男に、俺は黙って目をやる。
なんか、薄ら記憶が蘇ってきたような。
「ああ……えーと」
「…」
「名前は?」
「――覚えてないのかよ!沢田 透だっ!!」
沢田 透…… 沢田 透……。
ああ――やっと思い出した。確か……
「……執拗いくらい毎回タイマン仕掛けてきて、あるとき実際にタイマンを張ったら、勝手に怪我負って、しばらくの間姿を見せなくなった、――あの男か」
「そうだけど、なんかすげー腹立つなその思い出し方っっ!」
彼は、心外そうに怒った様子でこちらを見てきている。
「やっと退院してお前を探して2年以上もの月日がかかった!どこで何してたんだよ、お前っ!」
「まあ彼、海外に渡米してたからね」
「……海外?」
「片桐さん、今はもう立派な社会人だよ。髪もほら、黒く染まってるでしょ」
黒崎に頭の辺りを指される。
沢田 透は誘導されるまま俺を見つめ、沈黙する。
「…お前が社会人?ありえない」
「…」
「あの頃のお前は、未来なんか考えてなかったはずだろ。落ちぶれてた…俺たちと同じように」
俺は彼の前で、残り少ない酒を飲み干した。
「それが、人生を変えるほどの“恋”をして、彼は変わったんだよ」
「恋?」
「――黒崎」
相変わらず笑顔をうかべながら余計なことを言い出す黒崎をギロッと睨みつける。
俺はジャケットを手に席を立ち上がり、彼の横を通り過ぎようとする。
「あっおい待てよ!」
すぐに肩を掴まれて、引き止められる。
「……俺は認めない、そんなこと」
何やら独り言を呟いている男の手を振り払い、彼へと視線を向ける。
「俺はもうヤンキーじゃない」
それだけ告げると、俺はカフェバーを出た。
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