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失礼な男

「お疲れ様でした〜」 いつも通り定時まで仕事を終え、職場を出る。 (今日、夕飯何作ろうかなぁ。そういや片桐君って、なんの料理が好きなんだろうか?今度聞いとこう) 職場から真っ直ぐ駅に向かって歩いている最中、誰かの怒声が聞こえた気がした。 ……まさか喧嘩? ふっと右に視線をやると、細い路地裏の奥で、茶髪の男が金髪の男の胸ぐらを掴んでいた。 物々しい雰囲気が、遠目に見ても窺える。…て、いうか、あの人って…… 立ち止まってじっと様子を見ていると、“彼が”こちらへ振り返った。 バチリ、細い彼の目つきと視線が交わるのが分かった。 ―― 「お前、社会人だったのか」 帰路に着く俺の後ろを、以前会った茶髪の彼がついて歩きながら言う。 「てっきりまだ学生かと」 呟く彼の方をそっと振り返ってみると、 腕を曲げ、後ろで組んだ手をのせて気だるげに歩く姿が目に入る。 …髪の色といい、耳のピアスといい、細い目つきといい…やっぱりこの人、昔の片桐君に似てる……。 ――“見た目だけは…”。 「なんで後を付いてくるんですか」 だけど、忘れちゃいけない。 この人は、失礼極まりない人なんだから。 「俺がどう動こうと関係ないだろ」 彼は、俺からふい、と顔を逸らしている。 …まあ、そりゃそうなんだけども…。 「俺に付いてきてるわけじゃない、ってことですか?じゃあ、いいです」 俺は言って、彼は気にせず駅に向かうことにした。 駅に辿り着くと、俺は改札を抜け、ホームで電車を待つ。 後に、数駅跨いで電車を降りると、俺は片桐君のマンションまで徒歩で向かった。 「……」 電車から降りて、歩き始めてから数分後。 俺は進めていた足をおもむろに止め、ぱっと後ろを勢いよく振り返る。 すると――俺の後ろを歩いていた、彼の足も止まった。 やっぱり…どう考えてもついてきてるじゃん。 「何なんですか?何か用ですか?」 少々顔を顰めながら疑いの目を向けると、茶髪の彼は俺から視線を逸らす。 よく分かんないけど…多分、片桐君とこの人、あんまり仲良くなさそうだったし、家までついて来られるのも、困るな……。 仕方ない。 「近くの公園で、お話しでもしませんか」 *** 公園内にあった自販機でジュースとコーヒーを買って、ベンチに座る彼の元へ向かう。 「良ければ、これどうぞ」 小洒落た格好をした彼は、俺が差し出す缶コーヒーを見て、一度目を開かせる。 「何の真似」 彼はベンチに腰掛けながら、軽く眉を寄せ、そっぽを向く。 「なにって、深い意味はないですけど」 「あんた、片桐の恋人だろ。俺あいつに色々言ったのに、何でこんなことしてくんだよ」 「…それとこれとは別というか」 そもそも、そこまで大したことはしていないんだが。まあいいか…。 「いらないなら、別に受け取らなくてもいいですよ」 言って、ストンと彼の隣に腰を下ろす。 まだ日の明るい公園には、子どもたちが遊ぶ様子がちらほらと見えた。 「いらないなんて言ってない」 「え?」 プシュッと音を立てて缶ジュースのプルタブを開けると、隣に座っていた彼が、こちらを見ずに手だけを差し出してきた。 彼に缶コーヒーを手渡すと、依然として俺の方は見ないまま、同じように彼が缶のプルタブを開けた。 ゴクゴクとコーヒーを飲む彼の様子を見てから、俺も缶ジュースを口にする。 「あんた、どうやってあの男を振り向かせたの」 少しして、茶髪の彼がぼそりと口を開く。 振り向いた先で見えた彼の目は、下に伏せられているようだった。 どうやってって……言われてもな。 「…さあ」 首を捻りながら答えると、隣に座っていた彼が立ち上がる。 「何か決定的なものがない限り、ありえないだろ」 彼は何やら眉を顰めて俺を見ている。 「でなけりゃ、男に走るなんて血迷ったこと、しなかったはずだ」 俺は彼の話を耳にして、缶ジュースから口を離し、ムッと眉を寄せる。 「俺が彼の恋人ってことが、そんなに不満ですか?」 「ああ、不満だ。巨乳で尻のでかい頭もキレる美女ならまだしも、…胸も無ければ色気もなさそうな、あんたみたいな野郎選ぶなんて、最早不満しかねぇよ」 な……っ この間から思ってたけど、何なんだほんとにこの人……失礼だなぁ! 「この際、あいつが選んだ相手が女なら誰でもよかったまである」 ~~ッッもう怒った! 「随分好き勝手言うんですねっ、あなたに俺と彼の仲をどうこう言われる筋合いなんてないと思いますけど」 彼と同じく立ち上がって言う。 「大体、あなたって一体彼の何なんですか?次、彼に失礼なことを言ったら、俺絶対許しませんから」 眉間に皺を寄せて、彼に臆することなく言い放つ。 「はっ、許さないだ?お前みたいな見るからに弱そうな男に何ができるって言うんだよ。あいつも、ほんと何が良くてあんたを選んだんだか。顔だって別に普通だし…」 そう言いながら、ふと、彼が思い立ったようにじっと俺の顔を観察するように眺めてくる。 「な、何ですか」 1歩足を踏み込んで、至近距離で見つめてくる彼に、思わず身構える。 その後また一歩下がって、今度は俺の体を上から下までジロジロと舐め回すように見てくる彼に気付き、びくりと体を強ばらせる。 何なんだ、本当に…。 「…もしかして」 「…?」 「…………女より、男の方が気持ちいいとか?」 ――て、はああぁ!?

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