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隠し事

「星七さん、何か音楽聴きます?」 ハンドルを切りながら、隣からサングラスをかけた片桐君が訊ねてくる。 なんか、やっぱり緊張するな。片桐君いつもかっこいいけど、今日はよりカッコいい気がするし…。 ていうか、片桐君って今まだ確か、21歳?だよね。俺の計算が合っていれば。 とてもじゃないけどそんな風には見えないな。もちろん、悪い意味じゃなくて。 だって片桐君、歳の割にあまりに落ち着いてるから。 「音楽かぁ。最近あまり聴いてなくて…ううん」 「どういうの聴くんですか?」 「え、えぇっと、普通にJPOPとか、……あっ!でも俺、古い歌とかも好きだよ」 「へえ」 隣を見ると、片桐君が前を向きながら、薄ら口角を上げて微笑んでいた。 それを見て思った。 やっぱりなんか…いつもより緊張するかも……。 「か…かたぎりくんはっ?どんなの聴くの?」 「俺ですか?」 ハンドルを握りながら、片桐君はうーんと頭を悩ませているようだった。 「俺も、あまり音楽聴かなくて。だけど、強いて言うなら…… クラシック、ですかね」 !!く、クラシック! 「あれ、どうしたんですか」 「ううん違うんだ、何でもないんだ」 そうだ、片桐君って元々良いところのお坊ちゃまだったんだもんね。俺、今めちゃくちゃ庶民的な受け答えをしちゃったよ。 クラシック…… そうだ、俺もそう答えるべきだった。いや、これからたくさん聴こう! 「その、クラシックの中で一番好きな曲とかってあるの?」 「そうですね。一番好きな曲は…」 片桐君の話を聞きながら、俺は窓の向こうへ視線を移す。 マンションから近い距離にある公園のベンチに、ふと――見覚えのある姿が見えた気がした。 「星七さん?」 「…あっ、ごめん」 慌てて見えた人影から、目を離した。 「何見てたんですか」 「えっ」 穏やかに隣で運転する彼へと振り向き、瞬時に、机を叩きつけていた彼のことを思い出す。 「なにも見てないよ!」 「何ですか、逆に気になるじゃないですか」 言って、片桐君がちらり、俺の窓側へと視線を送ろうとするのが分かって、慌てて体で隠すようにする。 「何もないって!早く行こう!」 咄嗟に言うと、車内の雰囲気が変わった気がした。 どことなく感じる重たい空気に互いに黙っていると、突然ハンドルを左に切る片桐君。 「どうしたの?急に」 脇道に車を停める彼に尋ねると、 「……なんか怪しいな」 ぼそり、呟く片桐君にギクッと体が揺れる。 「普通に話せばいいのに、わざわざ隠すなんて。おかしすぎる」 「隠してなんて、ないよ」 はは、と笑いながら目線を斜め下に向ける。 隣で片桐君が完全にハンドルから手を離しながら、椅子に深くもたれる。 「ほんとに星七さんって分かりやすいですよね」 「…え」 「星七さんの美徳の1つでもありますけど。でも、あんまり何度も嘘つかれたり隠し事されると、嫌な気持ちになります」 嫌な気持ち? 大きくドクンと心臓が鳴った。 「…ごめん。片桐君」 つい、隠すことばかり考えてた。 自分の保身に走っていた。けれど、確かに逃げ続けても、何の解決にもならないよね…。 「その…実は公園に、茶髪の彼がいた気がして」 勇気を振り絞って話すと、一瞬の間が空く。 片桐君の顔を見ることができない。 「……」 「ほんとに、偶然、たまたま…目に、入って」 俯く俺の横から、はあーっと大きなため息を吐く声が聞こえる。 振り向くと、片桐君の目は閉じられ、眉間に皺が寄せられている。 「ったく…」 片桐君は機嫌悪げに再びアクセルを踏み込み、車を発進させると、来た道をUターンしていく。 とある場所で車を停めると、エンジンを止め、すぐに車を出ていく片桐君。 慌てて俺も彼の後を追う。 「おい」 木陰のベンチにひとり座る彼の前で、片桐君が立ち止まった。 空からはまだ夏の名残の太陽が照りつけ、昼時の公園には彼以外、人影はほとんどなかった。 「なんでお前がこんなところにいるんだよ」 片桐君が茶髪の彼に話しかける。 「片桐」 彼は片桐君の姿に一瞬驚いたような様子を見せた後、すぐに目を逸らした。 「勝手だろ、俺がどこにいようと」 「――迷惑だ。お前がうろうろしてるせいで、こっちにまでとばっちりが来てるんだよ」 茶髪の彼は、顔を顰める片桐君を見て、はあ?と言いながら眉を寄せている。 「勝手に俺の周辺に近付いてくんな。…ついでに、俺の許可なく、勝手にこの人に近付くな」 片桐君の話に、彼がはっと乾いた笑い声を出す。 「そんなに大事か?その男が」 そう挑発するように、目の前に立つ片桐君を見上げる彼の表情が、一瞬びくりと固まった気がした。 「……いい加減にしろ。俺を本気で怒らせたいのか」 すると、ゆっくりと茶髪の彼が立ち上がる。 「もう1回タイマン張ってくれたら、もう付き纏うのはやめる」 真剣な顔をした彼に気付き、俺は視線を向ける。 「やめとけ。お前は俺に勝てない」 片桐君は彼に背を向けると、俺の元へやってくる。 「行きましょう。もう用は済みました」 片桐君に肩を抱き寄せられながら、停めていた車の方へと歩いて戻っていく。 とりあえず…変な暴力沙汰にならずに済んでよかった。 そう思い、ひとり胸を撫で下ろしていると、後ろから気配を感じる。 瞬間、片桐君に体を軽く前に押し出されるようにされた。 ――え、 すぐに後ろを振り返ると、片桐君に向かって、茶髪の彼が拳を振るっている。 片桐君は、幾度も彼から繰り出される素早い拳を、身を翻して華麗に避けている。 その様子をしばし、少し離れた場所で見守っていると、 「何で殴らないんだよ」 茶髪の彼が、頭を伏せ、はあはあと息をしながら言う。 「…殴って何になるんだよ」 片桐君が呟くように言うのが分かった。 「喧嘩が強くなったって、何かが変わるわけじゃない」 「…」 「お前が俺たちにどんな幻想抱いてるのか知らねぇけど、お前が思ってるほど…ヤンキーなんてそんなにいいものじゃない」 片桐君はそう言うと、踵を返してひとり、車へと歩いて戻っていった。

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