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番外編:取り調べを始めます!(コスプレ2)
読み切り。シリアス。
――
「警察です!片桐 壮太郎君っ、あなたを逮捕します!」
ビシッと指を差して言い放つと、黒シャツにセンター分けの前髪の彼が、不敵に微笑む。
「警官さん。俺って…どんな罪犯したんですか?」
「えっ」
正面のキッチンテーブルの席に、ゆったりと落ち着いた仕草で腰掛ける彼に、俺は若干たじろぐ。
「俺、捕まるようなことした覚えないんですけど」
えっ、そこから?
そこについては、特に考えてなかったよ。
……どうしよう。
「あ、あなたは、……窃盗罪の容疑にかけられています!」
再度びしっと指を突き出して言うと、椅子に座る片桐君が机に肩肘をつきながらふ、と笑った。
「へえ、窃盗罪か」
企みを含んだような彼の笑んだ表情に、心臓を射抜かれる。
「俺、今からお巡りさんに何されるんですか?」
妖艶な、何か期待したような表情で見てくる彼に、思わず見入ってしまって頬が染まる。
「と、取り調べです!健全なっ!」
俺は警察官のコスプレに身を扮しながら、机に置いていた書類を動揺を隠せずにペラペラと無駄に捲る。
「警官さん、可愛いですね」
……えっ…
早速取り調べをしようとしたら――目の前に座る片桐君の瞳に囚われた。
「手を見ただけで分かるんです。きっと、真面目で仕事熱心で、とても心優しい人なんだろうなって」
身を乗り出した片桐君に、片手をぐいっと掴まれながら囁かれる。
片桐君、よくアドリブでそんな台詞考えられるな。
もしかして、これまでそうやって女性を落としてきたんじゃ…
「…口先だけでそんなこと言われても、別に、何とも思いませんから」
少々ぷいっとしてそっぽを向くと、片桐君の鋭い目が、俺をじっと見つめてくる視線を感じた。
「気を取り直して、取り調べをはじめます」
俺は何も書かれていない白い紙を手に取って言う。
「名前は…片桐壮太郎君で合ってますね?」
「ええ。でも、片桐は旧姓です」
「えっ」
「今の家に引き取られてからは、神代に変わっています」
……そっか、片桐君の今までの生い立ちを辿って冷静に考えてみれば、そうだよね。
「身長は?」
「188」
「血液型は?」
「A」
「好きなものは?」
「星七さんの作った料理」
次々と淡々に答えていく片桐君。
俺は書類に手を添えて、顔を伏せながら、静かに口を開く。
「じゃあ……今まで付き合った女の子の人数は?」
あ……
顔を上げた先、驚いたようにわずかに目を開いて俺を見る片桐君がいた。
俺、馬鹿だ……
こんなこと聞かれたら、彼が困ることくらい…分かっていたのに。
だけど、もしかしたらって、淡い期待をしていたのかもしれない。
片桐君に、大切に優しくされてきたのは、もしかしたら俺だけなんじゃないかって。
「――星七さんっ?」
気付いたら、席を立ち上がって、リビングを飛び出していた。
自分が馬鹿すぎて、愚かすぎて、涙が出た。
……片桐君が、彼が、好かれないわけがない。街を歩いてるときだって、誰もが彼に目を奪われる。彼が求めていなくても、きっと何度も、多くの人に声をかけられてきたに違いない。
だけど俺は男で、胸もないし、その上あんな質問をして、片桐君を困らせてる。
片桐君にこんなに優しくされてるのに、愛されてるのに、俺、片桐君の過去の恋人に嫉妬してる。
片桐君が優しくしてきた相手に、触れてきた相手に、彼女たちに、妬いてる。
どうにもならない感情を、胸に抱いてる。
「星七さん」
ベッドの上に顔を伏せて泣いていると、後ろから声がかかる。床に座り込んだままいる俺の体に、背後から、片桐君の両腕が回される。
「信じてもらえるか分からないけど」
優しい片桐君の感触に、好きが募る。
「……俺、誰かをこんなに愛しいって思ったの、星七さんが初めて」
そっと囁かれる片桐君の声に、心臓がとくんと小さく跳ねる。
「星七さんといると……俺、嫌なことを忘れられる。まるで陽だまりに包まれてるみたいに、俺、優しい気持ちになれるんです」
片桐君に体を離され、俺は後ろを振り向く。
にこ、と俺を見つめ、微笑をうかべる片桐君は、恐らく誰が見ても見惚れるだろう。
だけど、俺は知ってる。優しくない片桐君のすごく怖い顔も、泣いている彼も。
俺は、俺だけは、彼を全部知っている。
「…片桐君」
彼の背に腕を回す。
独占欲からの抱擁――そんなんじゃない。
「大好き…… 片桐君が、だいすき」
そんな単純なものからじゃない。
カッコいい彼が好き。たまに恐ろしいくらい怖い彼も、意地悪げに妖艶に微笑む彼も、申し訳なさそうに落ち込む彼も。
片桐君が好き。全部すき。全部ひっくるめて、俺…彼のことを愛してる。
俺…、俺も、誰かに対してこんな気持ちを抱くなんて、初めてなんだ。
力強い彼の腕の中は、あたたかくてほっとする。
「俺…ずっと、片桐君を守るよ」
顔を上げてほのかに笑うと、少し驚いた表情をした片桐君が俺を見つめ、やがて口元に笑みを浮かべた。
「…星七さんに捕まえられた」
片桐君が、スっと俺に両手首を差し出してくる仕草をする。
俺はまだ、ほんの少しの涙を目元に浮かべながら、あっ、と思い出したようにコスプレ衣装の腰に身に付けていた、手錠を外す。
カシャリ、片桐君の手首に手錠を嵌めると、
「逮捕!」
微笑む彼に向け、俺は笑ってそう告げた。
終。
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