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アフター3:別荘⑴
カタカタカタ…
平日。俺は今日も仕事に勤しんでいた。
まだ午前中なのに、目が霞む……。
昨夜、片桐君に中々体を離してもらえなかったせいで、寝不足になっているんだろうか。
毎回思うけど、何で片桐君ってあれだけ動いて翌朝あんなにシャキッとしてるんだろう。全然寝坊もしないし。
それどころか、寧ろ元気になっているような。
よく分からないな、同じ物食べてるはずなんだけど…。
「おい、星七」
Excelの売上表に数字を打ち込みつつ、次の会議用資料をまとめていると、突然見知った声に話しかけられて振り向く。
「藍沢」
そばに、片眉を寄せた、幼馴染であり友人であり、同じ職場の同期でもある、藍沢が立っていた。
「なに?」
「ふう。久々の俺の登場過ぎて、もう忘れられたのかと思ったぞ」
…はあ…?
「それよか、お前アイツと上手くいってんの?」
白のワイシャツ姿をした藍沢は、眼鏡をかけたクールな顔つきで、ネクタイを軽く緩めている。
「え?うん。まあ」
「あいつってさ、確かすげー稼いでるんだろ?よく知らねぇけど。家もでかかったし。お前、いつでも仕事辞められるじゃん」
羨ましいなー、と息をつくようにして藍沢が話す。
「別に俺、仕事辞める気なんてないけど?」
「馬鹿だなぁ。素直に、辞めたい〜って、言ってみろよ。あいつきっと、喜んで受け入れるぞ」
……そうだろうか?
俺は片桐君を想像して、頭を捻らせる。
「それより藍沢、俺に何か用あったんじゃないの?」
尋ねると、あ、そうそう。と言いながら、藍沢が手にしていた資料を渡してくる。
「この見積もり、ちょっと目通してくれない?」
受け取った資料に目を落とすと、数字や条件がぎっしり並んでいた。
ひと通り確認したあと、
「うん。大丈夫だよ」
「サンキュ、助かる。外回りの前に確認できてよかった」
「営業ってやっぱり大変?」
「まあ…覚えることも多いし、毎日ちょっと疲れるけど、面白いところもあるよ」
「そっか」
藍沢も仕事、頑張ってるんだなあ。
俺も睡眠不足になってないで、もっと頑張らないと。
「――ああ、そうだ」
「うん?」
「お前、今週の飲み行けないらしいな」
LINEで見たけど、と話す藍沢。
「あー…うん。ちょっとな」
答えると、なぜか無言でじっと見られた。
「なんだよ」
「…そうか。ついに飲みに行くの禁止されたか」
藍沢の言葉の意味を、一瞬遅れて理解する。
「いや、違うから!次の休みの日、朝出るの早いから行かないだけだから」
どうだか。
そう言って、自分のデスクに踵を返して戻っていく藍沢を、俺は呆れ半分、抗議したい目つきで見送るのだった。
***
そして迎えた、週末の休日――
「着きました」
サングラスをかけた片桐君が、車のドアを開け降りていく様子を見て、同じように俺も降りる。
朝早くに家を出て、山の中をひたすら登ってようやく辿り着いたのは、木々のざわめきだけが聞こえる、喧騒から離れた静かでのどかな場所。
「わ…すごいね」
青い空を背景に、濃いグレーの屋根と白い外壁、そしていくつもの大きな窓を備えた、お洒落で高級感あふれる家が目に飛び込んできた。
建物の前には、磨かれた木の手すりがぐるりと巡り、テラス全体を包み込むように囲んでいる。
左に視線を向けると、白色の小道を抜けた先に、小さな噴水、さらにはプールのようなものまで見える。
その奥にもまた、もう一棟広めのテラスを構えた建物が静かに佇んでいた。
まじまじとその優美な外観を見渡していると、淡々とした顔つきで俺の横を通り抜けていく片桐君。
俺はハッとするように、慌てて彼の後を追う。
先日、片桐君に突然「夏祭りに行こう」と誘われた。
うんと承諾したら、ちょっと遠いところにあると言われて、その時は意味がよく分からなかったんだけど、
でも、今やっと分かった。
遠いって言ってたのは、この“別荘の近くだったから”なんだ。
木製の重厚なドアを彼が開けると、途端に木の癒されるような香りが鼻をくすぐった。
内装は温かみのある木造で、すぐそばに、上階へと続く階段の手すりが見えた。
「…お邪魔します」
軽い荷物を手に玄関先で呟くと、先に部屋に上がった片桐君が、俺を見て一瞬笑う。
相変わらず、今日の片桐君もカッコいい。
俺、…今更だけど、片桐君が実際どれくらい稼いでるかとか詳しく知らないんだ。
いや、でももしかしたら、片桐君の親御さんが買ってくれた家かもしれない。
まあ…どっちでもいいか。
彼がドアを開け、リビングらしき場所に向かうと。
テラスに柔らかな木漏れ日が差し込む、開放感のある広々とした空間が広がっていた。
右側から、木製の艶やかなキッチンに、木目調の大きなテーブル。
くつろぎの空間には、テレビ、そしてテーブルを中心に長めのソファがいくつも並んでいた。
部屋の中央辺りの壁には、窓を挟んで格式ある趣の振り子時計が静かに揺れている。
見上げた高い天井では、羽のついた白いファンがくるくると軽やかに回っていた。
それからふっと視線を左に移すと――
リビングの一角に、黒のグランドピアノらしきものが置かれていた。
「片桐君、ピアノ弾くの?」
布が掛けられたピアノを見つめ言うと。
ああ…と言いながら、片桐君がこちらに歩み寄ってくる。
「昔、母親がよく弾いてて。それの名残ですかね」
センター分けされた前髪の下にある、長いまつ毛を伏せながら彼が言う。
昔…てことは、片桐君の実のお母さんのことかな。
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