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別荘⑶
いつもとは違う、木の香り漂う部屋。
どう考えても豪華すぎる別荘。
昼下がりにふたりでピアノを弾いて、そのあとはきっと周辺の散策なんかして。
自然の中で見つめ合ったり、微笑みあったり、いつもと違う環境にソワソワドキドキしたりして。
そういう上品な展開を予想していたのに、
「あ、もうこんな時間か」
夕暮れ時。上半身裸の片桐君が、ふいに腕時計を確認して言った。
ずるり、ナカから彼のモノが抜かれて、体が勝手にびくんっと動く。
「時間が経つのってあっという間ですね」
えっちな顔をした片桐君に見下ろされながら、後ろからとろとろと溢れ出す感覚に甘く体を震わせた。
***
「もっと陽の出てる時間帯に散歩とかする予定だったんですけどね」
夏祭りの会場へ向かうため、木々の間を抜ける細い山道を歩いていると、片桐君が隣で軽く息をつきながら話す。
いや、俺もそういう、山の中でのプラトニックラブが待ってるのかと思ってたよ!?
なのに、ちょっとならまだしも、お昼から夕暮れ時に差しかかるまでエッチするとは思わないじゃん!?
そもそも何で片桐君はそんな涼しそうな顔なのっ!?俺今ヘロヘロになりながら歩いてるんですけど…!
「星七さんが俺を誘惑するから」
ぼそっと放った彼の言葉を聞き逃さない。
「ちょっと待ってっ、俺がいつっ?」
「しょっちゅうしてますよ。星七さん自覚ないんだろうけど」
「例えばどんな?」
「“俺が大好き”とか、“俺限定”とか」
うわぁーーっ!待ってそれ蒸し返さないでっ!
めちゃくちゃ恥ずかしいっっ!
聞かなきゃ良かった……。
「今もずっとムラムラしてる」
彼がおもむろに立ち止まり、顔を近づけてくる。
「わ…っ ま、まって!だめだよここは」
慌てて片桐君の胸板を両手で押しながら、周囲を確認する。
「誰も来ませんよ」
緑生い茂る木々を背に、悪い笑顔を浮かべる片桐君。
「あっ」
腰を持たれて思わずビクッと体を揺らす。
彼の顔が迫ってきて、ぎゅっと目を瞑る。
しかし、中々何も起こらず、そっと目を開けると、
「冗談ですよ」
目の前に、意地悪げに微笑む片桐君が俺を見つめていた。
「して欲しかった?」
視界にお祭りの会場と思われる場所が映りこんでから、彼が悪戯な笑顔で振り向く。
「…別に」
ふいとそっぽを向く俺に、隣を歩く彼が笑った気がした。
***
行き着いたお祭りの会場には、たくさんの屋台が立ち並び、想像以上の人で溢れかえっていた。
中央には仮設ステージが設置されている。
「人多いね」
多くの人の声が飛び交うざわめきの中、俺は少し声を張って片桐君に話しかける。
「ですね」
チャコルグレーの開襟シャツを着た、片桐君の前髪が揺れている。
何だかこうして歩いていると、初めて彼と夏祭りに行った日のことを思い出す。
懐かしいなぁ。
「初めて一緒に夏祭りに行った時のこと、思い出しますね」
「え?」
あ…片桐君も同じこと思ってたんだ。
「俺も思い出してた」
笑って言うと、一瞬わずかに目を開いてから、優しい笑みを浮かべる片桐君。
一緒にタピオカ飲んだり、たこ焼き食べたり、射的したりしたなぁ…。
思い返していると、ふと右手を握られる。
顔を上げると、片桐君が俺を見て微笑む。
「あの頃はただの友人関係だったけど。
今は、恋人同士なんで」
彼に手を引かれて、屋台の前を歩く。
人混みの中で、俺は彼の姿しか見えなくなる。
昔はあんなに人目が気になっていたのに、今はもう全然気にならない。
片桐君しか、見えない。
「何か買って、そこの椅子に座って食べます?」
会場の中心辺りに固まって置かれていた、白い椅子を指さして言われ、うんと頷く。
「あっ――じゃあ俺、席取っとくよ!」
焼きそばの屋台に彼と並びながら言う。
「それと、」
持ってきた財布から、自分の分と彼の分のお金を取り出して、手渡す。
「いいですよ、星七さん」
「駄目!これでも一応、俺の方が年上だし。俺にも何か役に立たせて」
逆に言うと、これくらいしか見せ場がない。
片桐君は俺を見て、ふ、と軽く口元を緩める。
「分かりました」
彼と別れて、砂利の地面を歩きながら、きょろきょろと空いている席を探す。
どこかあるかな……あっ。
割とすぐ手前に、空席のテーブルを見つける。
――ここだ!
白いプラスチックの机の前で、立ったままふう、と一度息をつく。
……それにしても、広い会場だな。
ステージに目を向けると、神楽らしきものが行われていた。
うーん、優雅だ…。
「おやー?」
夏祭りの雰囲気に浸っていると、耳に見知った声が届いた気がした。
あれ?気のせいだろうか。今、”彼に似た声”が聞こえたような。
……なんて、まさかな。
「やっぱり。君だ」
しかし、再度。
賑やかしい祭り会場で、傍から同じ声が聞こえて振り返る。
目線の先にいたのは――
にこやかに笑う相変わらず黒コーデの黒崎さんと、読めない表情をした、私服姿の玲司さんの姿だった。
な……なんで2人がここに!?
「て、いうことは」
驚く俺を他所に、そう言いながら黒崎さんがちらっと視線を横へと流す。
その視線の先からやってきたのは、
「片桐さん、来てたんですね」
焼きそばのパックを2つ片手に持った片桐君に、黒崎さんが相も変わらない笑顔で声をかける。
片桐君は、スっと無言で俺の隣に立つ。
その瞬間、彼と恐らく玲司さんとの間に、何とも言えない重く気まずい空気が流れるのが分かる。
俺は目で、玲司さんの横に立つ黒崎さんに「どうしたらいいんですか」と訴えるが、意図のよく分からない笑顔で返されてしまった。
…どうなるんだ、これ……。
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