24 / 35

別荘⑷

騒がしいお祭り会場の中で、たぶんこの場所だけ、張り詰めた空気が流れていた。 ど、どうしよう……。 彼らの様子を見て頭を悩ませていると、 「あっあそこの人たち見て、なんかカッコいいよ」 「何の集まりだろ〜」 周りから聞こえる声が、ふと耳に届く。 …そうだった。 片桐君はもちろんのこと、黒崎さんや玲司さんももれなく全員目立つ風貌してること忘れてたよ……! あと、俺以外全員背が高いから自然と目に付きやすいのかもしれない…。 「えっと… 偶然ですね、こんなところで会うなんて」 とりあえず、何か話そう。 俺は愛想笑いをして2人に話しかける。 「本当にね。君たちの方はデート中?」 「デ…… まあそうですね…あはは」 普段と何ら変わらない落ち着いた笑顔の黒崎さんに、俺はほっと胸を撫で下ろす。 よかった……この人だけはいつも通りみたいで。 「何でここにいるんだ」 隣に立っていた片桐君が、眉を寄せながら黒崎さんに話しかけている。 「誤解しないでください。たまたま偶然が重なっただけで、ただの息抜きですよ」 「息抜き?」 「ええ。玲司さん、放っといたら休日も家の中で篭もりっぱなしで仕事してるんで。たまには外に出た方がいいって、俺が誘ったんですよ」 彼の隣に立つ玲司さんは、俺たちから気まずそうに目を背けている。 「まさか、片桐さんたちと遭遇するとは夢にも思ってませんでしたけどね」 「……」 隣に立つ片桐君をチラリと盗み見ると、眉間にシワが寄せられたままだった。 彼の様子を見て、軽く息を吐く黒崎さん。 「そんなに不機嫌そうな顔しなくたっていいじゃないですか。ここには片桐さんたちのお父さんの別荘だってあるんだし、玲司さんと遭遇したって別におかしいことでもないでしょう」 諭すように話す黒崎さんに、片桐君は眉を寄せたまま目を閉じる。 「会ったのが本当に偶然ならな」 「片桐さん、俺もそんなに暇じゃないですよ」 「どうだか」 「…もう子どもじゃないんですよ。年齢的にも、――立場的にも」 そのうち、片桐君が閉じていた目を開けて、鋭い視線を黒崎さんに投げる。 その後、片桐君は俺の片腕を掴むと、2人から背を向けて足早に祭り会場から立ち去っていった。 別荘まで戻ると、片桐君はようやく俺から手を離し、無言のまま部屋へと上がっていく。 「…っ片桐君!」 俺は彼の後を追いかけながら声をかける。 立ち止まって振り返った片桐君の横顔には、険しい表情が浮かんでいた。 「あのさ、俺が口出しすることじゃないとは思うけど、ここまで拒絶することないんじゃない…?」 おずおずとそう口にすると、片桐君が体ごとこちらに振り返る。 「……何だって」 「だって、玲司さんたち何もしてないのに… せっかくリフレッシュしに来てるのに、あんな態度取られたら、嫌な気持ちになると思うよ」 片桐君の突き刺さるような目が向けられ、体が僅かに揺れる。 「何もしてない?兄に襲われただろ。もう忘れたのか」 「それは…、確かにあったけど」 俺は彼から視線を逸らしながら、両手の拳を握る。 「…だけどもう、過去の話だよ」 「過去?そんな簡単に割り切れるような話じゃない」 片桐君が一歩、俺の方へと詰め寄る。 その勢いに押されて、背中が壁にぶつかった。 「何でそんなに兄の肩ばかり持つんだよ」 壁に片手を付きながら彼が怒った様子で言う。 「…肩なんて持ってないよ」 「そんなに兄が気にかかるなら、俺じゃなくて、兄のところにでも行けばいい」 ――なにそれ……。 彼の発言に、自分でも信じられないくらいの大きなショックを受ける。 ついさっきまで手を繋いでいたのに、笑い合っていたのに。何時間も、愛し合っていたのに。 ……なんで、どうしてそんなことが言えるのか、俺には彼が、分からなかった。 「…片桐君が好きだよ」 あとどれくらい伝えれば、彼に届くだろう。信じてもらえるんだろう。 「片桐君が好き、片桐君が大好きだよ」 「……」 「…玲司さん、俺に謝ってくれたよ。片桐君とも話したいって、そう思ってるはずだよ。片桐君と関係を修復したいって、きっと――」 壁をついていた彼の手が、そっと離れる。 近かった彼との距離が、離れていく。 「………少し、ひとりにしてくれ」 俺から背を向けて立つ彼を見つめ、俺は静かにその場から離れた。

ともだちにシェアしよう!