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後日談
別荘から帰った翌日。
夕飯を食べ終わり、洗い物をしていると、エプロンのポケットに入れていたスマホが着信音を知らせる。
手を洗ってからスマホを確認すると、表示された名前を見て俺はわずかに目を開く。
その場ですぐに電話に出ると、
「あ、もしもし。黒崎です」
スマホから、穏やかな黒崎さんの声が聞こえた。
「黒崎さん、どうしたんですか?」
「ごめんね突然。急用ってわけじゃないんだけど」
まだ少し濡れていた手を拭いて、スマホを耳に当てながら黒崎さんの話に耳を傾ける。
「玲司さんからのワインって、受け取ってくれた?」
「え?あっ――はい」
やっぱり、あれって玲司さんからの物だったんだ。
「そっか。なら良かった」
「それでわざわざ電話を?」
「まあ、そんなところ」
「それもお仕事なんですか?」
「半々かな。俺だって、血も涙もない鉄人間じゃないしね」
「…黒崎さんって、掴めないですよね」
「うん?」
「あの日も、うさぎのマスコット人形なんて持ってたし」
思い出しながら、思わずくすりと笑ってしまう。
「え?ああ。あれはお祭りの屋台でたまたまね。
玲司さんが射的したことないって言うから、俺がまず手本としてやって見せて、そのときの景品としてね」
なるほど…。
俺は相槌を打ちながら、脳内で2人が夏祭りを楽しんでいる姿を想像する。
2人って、どんな会話をするんだろうか。
「ま、俺なんかじゃなくて、可愛い恋人や友達の方が玲司さんももっと楽しめると思うけどね」
「可愛い恋人…」
呟くように言うと、黒崎さんがスマホ越しに笑うのが分かる。
「そ。でも、流石に君に、片桐さんと玲司さんとの間で日替わりで恋人させるわけにもいかないでしょ?」
!?
「当たり前なんですけど…?」
「やだな、冗談だよ」
電話口で黒崎さんはくすくすと笑っている。
いや、笑い事なのか?これ…。
「それはさておき、藍沢さんとは今も変わらず仲良くしてる?」
「藍沢ですか?はい。仲良いですけど」
「そっか」
「…何でそんなこと聞いてくるんですか?」
「重要なことさ。君にとって大切な友人だろうし。片桐さんと一緒になったことで、失った、なんて事になったら、俺も心象良くないしね」
黒崎さんは優しい口調で語っている。
「黒崎さん、何だか皆を見守るお兄さんみたいで素敵ですね」
別荘のときも彼にピンチを救われたし。
こうやって、片桐君のこともそばで見守ってきたのかなぁ。
「あんまり褒めないで、片桐さんに嫉妬される」
「あはは」
それから、黒崎さんと数言言葉を交わしてから、通話を切った。
さて、洗い物を再開し…
「わっ!」
突然後ろから腕を回される。
振り向くと、お風呂上がりで上半身裸姿の片桐君が、俺の肩に顎を乗っけている。いつの間に後ろに…。
「誰と話してた?」
「えっ」
片桐君の両手がエプロンの下に潜って、胸の突起を摘んでくる。
「ちょ…っ」
途端に片手で口を抑えてシンクに手をつく。
「誰?」
片桐君が耳元で囁く。
「…黒崎さんだよ」
頬を上気させながら答える。
「なんで星七さんが黒崎と」
「―ワインだよ…!ほら、玲司さんがくれたワイン」
受け取ったかどうか確認するために電話をくれたんだ。
そう話しながら、後ろに振り返って片桐君の体を離す。
片桐君は不満そうな顔をして俺を見ている。
「あっ」
そのまま立ち去っていく彼を見て、慌てて追いかける。
リビングのソファに座る片桐君の隣に俺も腰かける。
「片桐君、誤解しないで」
ソファの手すりに片肘をつく彼に話しかける。
肩にタオルをかけた片桐君は、黒のスウェットのズボンだけを履き、足を組んでいる。濡れた前髪の隙間から彼の瞳がこちらを向いて、ドキリとする。
「当たり前だけど…、俺と黒崎さんとの間には何も無いよ」
「…」
「片桐君のことしか見えてないよ。片桐君が、大好きだよ」
顔を赤らめつつ精一杯気持ちを伝えるが、片桐君は視線を明後日に逸らす。
うう…これだけじゃダメらしい。
「片桐君、」
これ以上どうしたらいいか分からず、声をかけると、振り向いた彼の鋭い目が俺を捉えた。
――それから、数分後。
「ぁっう」
着ていた服を全て脱がされて、ベッドの上で片桐君に組み敷かれていた。
俺は後ろから彼に突かれながら、シーツを握り、唇を噛む。
「かたぎりくんっ…」
奥深くまで一気にひと突きされて、続きの言葉を言えなくなる。
体と口元を小刻みに震わせる俺の耳傍に、背後から片桐君が顔を寄せてくる。
「あんまり、俺以外のやつと楽しそうにしないで」
え……。
命令口調でもない、少し拗ねたような片桐君の声色に驚く。
なに、それ…。
「返事は」
「あっ…は、はい」
片桐君に体を仰向けにされて、慌てて返事をする。
ああもう…どうしよう。どんどん片桐君を好きになっていく。
俺怖いよ。
片桐君が、好き過ぎて。
「星七さん」
惚ける俺を承知の上でなのか、そうでないのか。片桐君が口の端を上げる。
「“大好き”」
彼の甘美な一声が放たれた瞬間、後ろに突き落とされる感覚がした。
大好きな彼に全身を拘束されるように包まれて、這い上がれない。
体の内側から彼に侵食されていく快感に、涙を流しながら打ち震えた。
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