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番外編:ファンタジーな話①

※なんちゃってファンタジーです。 ―― ここは――魔法の国。 目を閉じ、魔導書に手をかざし、頭の中で強く念じることで、意のままに様々な魔法を操れる。 大体16歳を過ぎた頃から、基本的な魔法攻撃や魔法防御に加えて、それぞれが“属性”を確立した魔法スキルを身につけていく。 炎、水、氷、大地など……数ある魔法の中で、誰もが何かに特化していくのだ。 例えば、幼なじみであり友人でもあり、同じ魔法学校に通う藍沢は、風魔法に富んでいる。 モンスターを風で一纏めに集めて一掃できたり、空気の膜を作って攻撃を防ぐ風のバリアを張れたりする。 * 「きゃーっ!」 ある学校からの帰り道。 藍沢と寄り道しながら歩いていると、すぐ近くの林の方から悲鳴が聞こえた。 「どこだ?」 「多分、あそこの茂みの奥からだ」 俺と藍沢はすぐに悲鳴のした場所へと向かう。 草原の端から続く林の奥――光が届かないほど木々が生い茂っている。 「何があったんですか?」 立ち尽くす女性を見つけて声をかけると、彼女が向こう側へ指をさす。 「あそこに、人が血を流して倒れてて…」 彼女の視線の先を急いで辿る。 木々が立ち並ぶ小道の先に、横たわる人影が見えた。 「…星七、待て!近くにS級の魔物が潜んでいるかもしれない、むやみに近づくな!」 藍沢の声を背に、俺は倒れる人物の元まで駆け寄った。 「大丈夫ですかっ?」 そばに膝をついて声をかける。 ――茶髪の頭に、耳にはピアス。 どこか目立つ風貌をした彼の目は閉じられている。 頭から流れ出る血に、心臓がぎゅっと縮まる。 過去に、親友を失った辛い記憶が頭に蘇った。 何か…何か… ああ、そうだ…!治癒魔法だ! 昔の俺なら無理だった。 でも、今なら、彼の命を救えるかもしれない。 魔導書を開き、手をかざす。 深呼吸して、心の奥で祈るように唱える。 どうしても彼を助けたい…。 どうか……彼の傷を、癒して―― 治癒魔法の淡い緑の光が指先からあふれ、彼の体を包み込んだ。 「…うっ」 少しして、彼が微かに息を漏らした。 やった……!成功! 喜びに思わず顔に笑みがこぼれる。 「あの――っ」 ―ドキ 再び声をかけようとして、開かれた彼の茶色い鋭い目が、俺を捉えた。 わ……。 底知れないオーラが、彼から漂っているのが分かる。 それに、何だか彼を見ていると、不思議な心地がする。 何だろう、この感覚…。 目が、――離せない。 彼としばらく見つめ合っていると、 「…行くぞ!」 後ろから追ってきた藍沢に手を掴まれて、俺はその場を離れた。 *** 翌朝。 山の中腹辺りに位置する山小屋で、俺はぱちりと目を覚ました。 ドアを開けて外に出ると、そよ風吹く草原が、視界いっぱいに広がった。 俺は晴天の下、分厚い本を開き、手をかざして目を閉じた。 ――実は、今年でもう20歳を迎えるというのに、俺は未だに“どの魔法属性にも特化していない”。 魔術について深く知識を身に付けたり、モンスター相手にひたすら魔法の特訓をしたりしてきたけど、変化はなかった。 お陰で、どの属性の魔法スキルも満遍なく使えるようにはなったが、特に強大な力を扱えるわけではない。 何で俺だけ、何にも目覚めないんだろう…。 「星七、またやってるのか」 昔馴染みの声に、顔を上げる。 同じ山小屋から出てきた藍沢は、魔法学校の正装である、深い紺のローブを身に纏い、足元に黒いブーツを履いている。 「藍沢」 「お前の魔法スキルはどれも優秀だろう」 俺のそばへ歩み寄ると、藍沢は慰めるように、落ち着いた声をかけてくる。 「…だけど、強みって言えるものが何もない」 俺は視線を落として呟く。 「ばーか」 藍沢に肩に手を置かれる。 「そんなもん無くていい」 じっと眼鏡越しのクールな目つきに見つめられる。 「お前がずっと努力してることは、俺が1番よく分かってる」 「…」 「だから、あんまり気負うなよ」 若干照れくさそうにして、藍沢が言う。 俺は彼に向かって軽く笑いながら、うんと頷いた。 「それより、覚えてるか?昨日道に迷ってこの山小屋に泊まったこと」 藍沢が腕を組みながら話す。 彼の背後には澄み切った綺麗な青空が映る。 「ああ、そういえばそうだったな」 「寄り道してた俺らも悪いが、こんなことは初めてだ」 「だよなー。途中まで完全に帰り道覚えてたのに、急に記憶を失ったというか…」 俺は小さく首を傾げる。 「昨日入ったあの森が原因か、もしくは……あの男か」 「何で昨日の彼を悪く言うんだよ。彼は死にかけてたんだぞ」 「そうムキになるな。ただの勘で言ってみただけだ」 …勘で言うな。 「そう言われて思い出したけど、彼、大丈夫かな」 「お前が治癒魔法してたし、平気だろ」 「お前が手引っ張るから…見殺しした気分」 「仕方ないだろ。あの場所は、空気が明らかに澱んでた。俺たちじゃ手に負えない魔物が潜んでる可能性があったんだ」 「だったら尚更じゃん」 顔を顰めると、藍沢は一度目を閉じて息をつく。 「……分かった。俺が悪かったよ。 だけど、分かってくれ、星七。俺は、何としてでもお前を生かしたい。これ以上、“大切な存在を失いたくないんだ”」 藍沢の真剣な瞳に見つめられて、俺はそれ以上言葉を続けられずに、静かに口を閉じた。

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