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ファンタジーな話②
「とにかく、早く家まで帰るぞ」
藍沢に言われて、学校の鞄を肩に掛け、俺たちは帰路に着くことに。
「あっでも、道分かるの?」
「何となくな。風の運びを頼りにすれば」
無表情に話す藍沢の横顔を見て、そっか、と呟く。
…俺も使える魔法を駆使して、帰り道を探ろう。こういう時こそ、協力し合わなきゃな。
山小屋の近くから、早速2人で離れようとしたとき。
――突然ぶわり、大きな風が吹いた。
「うわっ、何だこれっ!」
あまりの強風に、足を止めて顔の前に腕を上げてガードする。
いきなりアクシデント発生…!?
「…やっぱりどうも昨日からおかしいな」
隣で、同じく顔の前に手をやりながら藍沢が言う。
「藍沢、これってもしかして」
「ああ…考えたくないけど、多分俺たちが今まで戦ってきたモンスターとは比にならない奴が出てくる」
珍しく眉間に皺を寄せて、強ばった真剣な表情で告げる藍沢。
俺たちはバリアを張り、迫る何かに身を備える。
だんだん風が収まってきたのを感じて、目線を上げると、前方に魔物らしき体が見えた。
ていうか…
「お、大き過ぎない……?」
顔を上に向かせながら、これまで見たこともないほどの大きな巨竜型のモンスターを目にして、思わず後ずさる。
地に足をつけているが、体に翼が生えているようだ。
金に近い黄色の瞳の奥で、黒い瞳孔がじっとこちらを見ている。
…すごい迫力だ。
「何だってこんなでかいモンスターがわざわざ俺たちの前に…」
藍沢は独り言を言いながら、魔導書を開く。
――ハッ、俺も応戦しなきゃ。
同じように魔導書を開き、手をかざす。
それから、炎や氷、色々な魔法攻撃を繰り出してみるが。
何となく予想はしていたけど…案の定ビクともしない。
俺ははぁはぁと肩で息をする。
「困ったな…風魔法も完全に無効化されてる」
藍沢に返事をしようとしたとき、モンスターの攻撃により、張っていたバリアがぴしぴしとひび割れていくのが分かる。
「……まずいっ!」
瞬間、藍沢が俺の体を抱き寄せる。
その直後、バリアが剥がれ、俺と藍沢は後ろにあった10メートル程先の山小屋まで体を吹き飛ばされる。
体を軽く打ち付けられる衝撃に、一瞬意識を失う。
いって……
そっと閉じていた目を開けると、そばで藍沢が俺を抱いたまま目を閉じていた。
「藍沢…!」
俺を庇ったせいで自分の受け身がとれなかったんだ…!
声をかけるが、藍沢は目を覚まさない。
すぐにでも治癒魔法を使いたいが、間近にモンスターが迫っている。
一体、どうしたら…。
咄嗟に万能バリアを張るが、それも長くは持たない。
魔法の使い過ぎで体力を消耗し、視界がぼやけてくる。
こんなところで、死ぬわけには……
せめて、友人の藍沢だけでも…。
俺は最後の力を振り絞る。
絶体絶命のピンチに陥っていたとき――ふと、目の前のモンスターの動きが止まった気がした。
……ん?
俺は自分の何十倍もあるモンスターのそばに立つ、人の姿に気付いた。
あれは……
見覚えのある人物が、巨竜の体に片手を添えている。
“あの人”、あんなところで何やってるんだ?
見たところ、魔導書も持っていないみたいだし、あの時と同様、とてもラフな格好をしている。
…危ないから、早く離れて――
そう口を動かそうとしたとき、目の前にいた巨大なモンスターが、突然、跡形もなく散り散りになって消え去った。
え……?
確かにさっきまでモンスターがいた場所で、軽い煙が立つ様を凝視していると、彼が静かにこちらに歩み寄る。
胸元のはだけた薄い長袖のシャツに、黒のズボン。
茶髪の頭に鋭い目つきをした彼は、俺たちの前で足を止めた。
「…あなたは、あのときの」
彼を見つめ、俺は小さくつぶやく。
彼が片膝をつき、俺と同じ目線に立った。
「お礼を言いたくて、あなたを探していたんです」
…お礼?
「あのときは、本当にありがとうございました」
言いながら、軽く頭を下げる彼。
「いえ、そんな大したことは…」
首を横に振って力なく言うと、彼がおもむろに俺に向かって手を伸ばす。
彼に、額に手をかざされる。
徐々に、疲れ切っていた体が回復していく。
……そうだ、藍沢を早く治癒しないと――
俺は急いで藍沢に治癒魔法を使った。
その後、藍沢がゆっくりと目を開ける。
「星七…」
「藍沢っ!」
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「さっきのデカいやつは?」
「実は、あの時の彼が助けてくれたんだよ」
周囲を見渡す藍沢に安堵しながら笑って言うと、藍沢がそばにいる彼に目を向けた。
無言で静かに見つめ合う2人。
……うん?
気のせいか、何か空気が悪いような。
「あー…えっと」
彼らの重たい雰囲気を察して、言葉を探していると、藍沢に手を掴んで立たせられる。
「行くぞ」
彼を残してさっさと歩き出そうとする藍沢。
「――待って」
すぐさま、後ろから彼に呼び止められて、振り返った。
「名前とか歳って、聞いても?」
彼に向けられる視線に、俺は落ち着きなくざわざわと胸が騒ぐ感覚がする。
「…星七 伊吹季、今年で20歳です。あなたは?」
「俺は…」
彼の目が、一度伏せられる。
「片桐 壮太郎。18です」
「……かたぎりくん」
彼――片桐君の力強い目を見つめながら、ぽつり、呟く。
すると、片桐君はぐっと俺の手をとって、手の甲に片手をかざす。
青光りする円形の綺麗な魔法陣が、ふっと浮かび上がった。
「俺の連絡先です」
「え?」
「星七さんからでも、それほど魔力を使わずに俺に連絡できるはずです。もし何かあったときは、いつでも呼んでください」
片桐君が俺に向け、そっと微笑む。
「うん、わかっ…」
答えようとして、藍沢に手を引っ張られる。
「お前、一体何者だ?」
藍沢が怪しんだ目を彼に向けている。
片桐君は、先ほどと打って変わって冷たい眼差しを浮かべている。
「タイミングよく現れたのも不自然だし、あんなに大きい魔物をひとりで倒すなんて、普通はできない」
「おい藍沢、…そんな言い方するなよ。彼は俺たちを助けてくれたんだって」
「いいですよ。別に」
片桐君はすました顔で極めて冷静に話す。
「俺も、“あんたを助けたつもり、ないんで”」
彼と藍沢の間に、青い火花が飛び散るのが見えた気がした。
(うわぁ…仲悪いな…)
よく分からないけど、何でこのふたり、初っ端からこんなに険悪なんだろうか…。
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