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ファンタジーな話③
それから数日後、学校の食堂にて。
「美味しかった〜」
Aランチを食べ終えて、満足げに言うと、隣でまだ食べている藍沢がやれやれといった顔をした。
「食べるの早すぎだろ。ちゃんと噛んで食べたか?」
「食べたよ。だってここのAランチめちゃくちゃ美味しいんだもん」
仕方ないじゃん!
続けざま言うと、藍沢は呆れた返事をしてご飯を口にした。
「早食いすると太るぞ」
「余計なお世話だ」
藍沢と冗談を交えた掛け合いをしていると、ふと手元がわずかに光った。
「―あ、片桐君から連絡だ」
右手の甲を上げ、ふわりと浮かぶ魔法陣を見てつぶやく。
「片桐君、久しぶり」
食堂から離れて、人気の少ない場所まで行くと、俺は彼に向け声をかける。
「星七さん。元気にしてました?」
片桐君の低すぎない落ち着いた声色を、薄ら微笑みながら聞く。
「うん、元気だよ。片桐君は?」
「俺も元気ですよ」
「片桐君、この間はありがとう。家まで一緒に付き添って帰ってくれて」
「いえ。大したことじゃありませんよ」
ある程度会話をしたあと、2人の間に沈黙が訪れる。
ええっと…。
「それじゃ、そろそろ…」
「“今度、会いませんか”」
通話を終わろうとすると、片桐君の声が飛んでくる。
えっ、今度会う…?
「ダメですか?」
黙っていると、片桐君の声が再び耳に届いた。
「あっ…違う違う!なんて返事しようか考えてて」
慌てて話すと、彼がふっと笑った気がした。
俺は、頭の中で彼の端正な口元が緩む様子を想像する。
「美味しいランチのお店、紹介しますよ」
「えっ」
「きっと、星七さんも気に入ってくれると思います」
住所、送っておきますね。
片桐君がそう話す声が聞こえたあと、ぷつり、通信が途絶えた。
断る隙、…ひとつも無かったな。
まあ、良いんだけど。
食堂に戻ると、ご飯を食べ終わった藍沢が、遠目から俺の姿を捉える。
椅子を引いて隣の席に座ろうとすると、
「まさか、会う予定でも組んだんじゃないだろうな」
ギクッ
勘の鋭すぎる幼なじみに、引き攣り笑いをする。
何でこんなに鋭いんだよ、こいつ…。
「…だって、そうなっちゃったんだから仕方ないだろ」
「そうなっちゃった?」
「どうしようか迷ってたら、待ち合わせ先の住所送られて」
手の甲に浮かぶ魔法陣の上にある、彼から送られた住所を見せる。
藍沢ははぁ〜と息をついている。
「お前、まさか行く気じゃないだろうな」
「えっ、行くよ? だって、美味しいランチ紹介してくれるって…」
話しながら振り向くと、藍沢が片眉を寄せてこちらを見ている。
「知らねぇぞ。変なとこに連れ込まれても」
「はあ?」
「たくお前は…単純なんだから。たかだかご飯に釣られてんなよ、いつか痛い目見るぞ」
「うるさいなぁ」
それに、俺だってそんなに馬鹿じゃないって。
彼の人柄を見て、ちゃんと判断したつもりだ。
「おい、行くなよ。そんな名前と年齢しか分からない得体の知れない奴……てお前、話聞いてるか?」
ランチ…パスタとかピザとかかな?
(楽しみだなぁ)
彼と会う日を想像して、俺は心を弾ませた。
***
そして――あっという間に迎えた週末。
彼と会う約束をした街の一角で、俺は着慣れないお洒落な服装を身につけて、そわそわとしていた。
俺、変な格好してないよな…。
普段、休日はほぼ家で勉強するか、モンスターを狩るしかしていない俺。
遊びに行く服分からな過ぎて、…不安だ。
ていうか、待ち合わせ場所ここで合ってるかな。時間、合ってるかな。
この帽子、家にあったから被ってはみたものの、…変かな?
などと思考を巡らせていると――
「星七さん」
見知った声に声をかけられて、振り向く。
そこには、以前会った時よりも格段にオシャレな格好をした、彼の姿。
上品なジャケットに、スラッとした綺麗めのズボン。靴は恐らく、革靴っぽい。
彼に見惚れていると、耳にピアスをつけた茶髪の彼が、軽くにこりと笑みを見せる。
「待たせました?」
彼に問われて、俺はぶんぶんと首を横に振る。
「全然…!」
「なら良かった」
片桐君は再び笑顔を浮かべる。
「片桐君…その、素敵だね。服」
前のラフな彼も似合ってたけど、きちっとした格好も彼によく似合っている。
背もすごく高いし、こうして見ると何だかモデルみたいだ。
「星七さんも素敵ですよ」
「えっ」
突然彼に微笑みながら言われて、ドキリとする。
「ベレー帽、よく似合ってる」
俺は途端に頬が赤くなるのを感じながら、斜め掛けしていた鞄の紐を両手で握る。
帽子、似合ってるのか…。よかっ…
「“可愛い“」
…!
彼の瞳に見つめられて、体が緊張で動かなくなる。
ああ、どうしたんだろう俺…。
彼といると、心臓が乱れる。何かの病気だろうか。
早まる鼓動を落ち着かせていると、彼に手をとられる。
握られた手から、彼の温もりを感じる。
「行きましょう。お店予約してあるんで」
すぐそばを歩く彼から、爽やかな香水の匂いが漂って、落ち着けようとしていた胸の鼓動が、また静かに早鐘を打ち始めた。
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