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ファンタジーな話④

数分ほど歩いて、目的のお店にたどり着いた。 入口のドアは、上と右側だけをグレーの石畳の壁に囲まれるように、少し奥まった場所にあった。壁には、巻き型のツル植物が装飾されている。 すぐそばにあるテラス席で、ナイフとフォークを使って食事をしている女性がいる。 …よく分からないけど、ここのお店高いのかな。 お客さんの雰囲気が上品だ。 お店のドアに近づこうとすると、ドアの向こうから店員らしき人が姿を現した。 片桐君を見て、微笑を浮かべながらお辞儀をする。 「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」 礼儀正しい店員さんのあとをついて歩くと、とある席まで案内された。 椅子を引かれて、ぎこちなく席に着く。 店内の照明は落とされ、どことなくムーディな雰囲気が漂う。 利用客もそれなりにいて、男性はスーツ、女性はドレス姿が目立っていた。 なんだか、全体的に大人っぽいお店だ…。 「改めまして、この度は当店をご利用いただき誠にありがとうございます。神代様」 かみしろ…? 「ご予約いただいているフルコースメニューの方、順番にお持ちして参りますね。その他にもお召し上がりたいものがございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」 ぺこり、お辞儀をして店員のお兄さんが去っていく。 「星七さん、何飲みたいですか」 目の前の席に座る片桐君が、メニュー表を開きながら俺に聞いてくる。 「えっ」 「このお店、ノンアルコールは無くて。度数が低いものが良いなら、これとかいいかと」 メニューを指し示す彼の骨張った大きな手に、どきっとした。 この国では、16歳からお酒を飲むことが法律で認められている。 「え、えっと…じゃあそれで!」 緊張気味に言うと、片桐君は俺に視線を向けて口元を緩める。 「了解です」 彼の笑った表情に、また胸が激しくどくどくと脈を打ち始めた。 あ…帽子とか脱がないと。 ベレー帽を脱ぎ、鞄をそばにあった収納ボックスに置くと、すぐに飲み物が運ばれた。 「ここ数日、何してました?」 お酒のグラスを片手に、片桐君が真っ直ぐ俺を見つめながら話しかけてくる。 「うーんと…勉強してたかな?」 記憶をたどって答えると、片桐君は目線をしたに伏せる。 「ぶっちゃけてもいい?」 「え?」 気品のいい格好をした彼から、“ぶっちゃける”なんて言葉が出てくると思わず、少し驚く。 「……ずっと、連絡待ってた」 ぽつり、寂しげな雰囲気を纏い、わずかに口角を上げる彼。 え、待ってた…? 何で……。 「俺、連絡先を聞かれることはあっても、自分から誰かに教えたことなんて、今まで一度もなかったんですよ」 「…」 「何かあったら連絡して欲しいって言ったのも、もちろん本音だけど…。でも――ほとんど口実」 ふっと不敵な笑みを浮かべる彼に、俺は目が釘付けになる。 「…我慢できなくて、俺から連絡しちゃったってことです」 落ち着いた彼の声を耳にしながら、俺は徐々に顔に赤みがさしていくのを感じる。 そ、そうだったんだ、あれってそういう意味だったんだ…っ。 俺、彼の言葉をそのまま聞き入れてたよっ。 片桐君、俺の連絡ずっと待ってたんだ…っっ! 「ご、ごめん俺」 慌てて謝ると、正面に座る片桐君に手を取られる。 「別にいいですよ。星七さんが謝ることでもないし」 言って、ちゅ、と俺の手に片桐君がキスをする。 「俺、…あなたのことがすごく気になるみたいです」 次々と畳み掛けるように起きる予想外の出来事に、頭の処理が追いついていない。 手に、キスされた…。キスされた……。 それに、俺のことが気になるって、どういうこと…。 彼から手を引っ込めて、気持ちを落ち着けるようにお酒のグラスを手に取って口に運んだ。 フルーティな苦味を含んだ炭酸が、口いっぱいに広がる。 「星七さん、そんなに急に一気に飲むと…」 片桐君に話しかけられると同時に、一瞬頭がクラリとした。 「…星七さん!」 俺を呼ぶ彼の声を最後に、俺は意識を失った。 *** …ん…ここ、どこ……。 目が覚めると、見慣れない天井が映った。 (ここは、多分どこかのホテル…?) あれ…俺、何してたんだっけ。 確か、片桐君と食事に行って、手にキスとかされて、それで…俺のことが気になるとかって言われて…。 「星七さん」 そばからかけられる声に気付き、俺は朦朧とした意識のまま振り向く。 「片桐くん…」 ベッドの脇に座る彼の手に、優しく頭を撫でられる。 背に感じるふかふかのベッドも相まって、心地よさがいっそう増していく気がする。 「お酒、弱いんですね」 「…え」 「すみません。俺の落ち度ですね」 ジャケットを脱いだ格好をした片桐君は、するり、俺の頭から頬へと、手の位置を移動させていく。 「かたぎりく…」 ふと落ちる影に気付くとともに、片桐君の顔が近付くのが分かった。 なんの前触れもなく、唇に触れる――熱過ぎるほどの感触。 近い彼から香る香水の匂い。閉じられた、長いまつ毛。 あれ、……何でこんなことになってるんだっけ? アルコールがまわって、思考が上手く働かない。 ふと、脳裏に藍沢の声が蘇った。 ――“知らねぇぞ。変なとこに連れ込まれても”

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