33 / 35
ファンタジーな話④
数分ほど歩いて、目的のお店にたどり着いた。
入口のドアは、上と右側だけをグレーの石畳の壁に囲まれるように、少し奥まった場所にあった。壁には、巻き型のツル植物が装飾されている。
すぐそばにあるテラス席で、ナイフとフォークを使って食事をしている女性がいる。
…よく分からないけど、ここのお店高いのかな。
お客さんの雰囲気が上品だ。
お店のドアに近づこうとすると、ドアの向こうから店員らしき人が姿を現した。
片桐君を見て、微笑を浮かべながらお辞儀をする。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
礼儀正しい店員さんのあとをついて歩くと、とある席まで案内された。
椅子を引かれて、ぎこちなく席に着く。
店内の照明は落とされ、どことなくムーディな雰囲気が漂う。
利用客もそれなりにいて、男性はスーツ、女性はドレス姿が目立っていた。
なんだか、全体的に大人っぽいお店だ…。
「改めまして、この度は当店をご利用いただき誠にありがとうございます。神代様」
かみしろ…?
「ご予約いただいているフルコースメニューの方、順番にお持ちして参りますね。その他にもお召し上がりたいものがございましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
ぺこり、お辞儀をして店員のお兄さんが去っていく。
「星七さん、何飲みたいですか」
目の前の席に座る片桐君が、メニュー表を開きながら俺に聞いてくる。
「えっ」
「このお店、ノンアルコールは無くて。度数が低いものが良いなら、これとかいいかと」
メニューを指し示す彼の骨張った大きな手に、どきっとした。
この国では、16歳からお酒を飲むことが法律で認められている。
「え、えっと…じゃあそれで!」
緊張気味に言うと、片桐君は俺に視線を向けて口元を緩める。
「了解です」
彼の笑った表情に、また胸が激しくどくどくと脈を打ち始めた。
あ…帽子とか脱がないと。
ベレー帽を脱ぎ、鞄をそばにあった収納ボックスに置くと、すぐに飲み物が運ばれた。
「ここ数日、何してました?」
お酒のグラスを片手に、片桐君が真っ直ぐ俺を見つめながら話しかけてくる。
「うーんと…勉強してたかな?」
記憶をたどって答えると、片桐君は目線をしたに伏せる。
「ぶっちゃけてもいい?」
「え?」
気品のいい格好をした彼から、“ぶっちゃける”なんて言葉が出てくると思わず、少し驚く。
「……ずっと、連絡待ってた」
ぽつり、寂しげな雰囲気を纏い、わずかに口角を上げる彼。
え、待ってた…?
何で……。
「俺、連絡先を聞かれることはあっても、自分から誰かに教えたことなんて、今まで一度もなかったんですよ」
「…」
「何かあったら連絡して欲しいって言ったのも、もちろん本音だけど…。でも――ほとんど口実」
ふっと不敵な笑みを浮かべる彼に、俺は目が釘付けになる。
「…我慢できなくて、俺から連絡しちゃったってことです」
落ち着いた彼の声を耳にしながら、俺は徐々に顔に赤みがさしていくのを感じる。
そ、そうだったんだ、あれってそういう意味だったんだ…っ。
俺、彼の言葉をそのまま聞き入れてたよっ。
片桐君、俺の連絡ずっと待ってたんだ…っっ!
「ご、ごめん俺」
慌てて謝ると、正面に座る片桐君に手を取られる。
「別にいいですよ。星七さんが謝ることでもないし」
言って、ちゅ、と俺の手に片桐君がキスをする。
「俺、…あなたのことがすごく気になるみたいです」
次々と畳み掛けるように起きる予想外の出来事に、頭の処理が追いついていない。
手に、キスされた…。キスされた……。
それに、俺のことが気になるって、どういうこと…。
彼から手を引っ込めて、気持ちを落ち着けるようにお酒のグラスを手に取って口に運んだ。
フルーティな苦味を含んだ炭酸が、口いっぱいに広がる。
「星七さん、そんなに急に一気に飲むと…」
片桐君に話しかけられると同時に、一瞬頭がクラリとした。
「…星七さん!」
俺を呼ぶ彼の声を最後に、俺は意識を失った。
***
…ん…ここ、どこ……。
目が覚めると、見慣れない天井が映った。
(ここは、多分どこかのホテル…?)
あれ…俺、何してたんだっけ。
確か、片桐君と食事に行って、手にキスとかされて、それで…俺のことが気になるとかって言われて…。
「星七さん」
そばからかけられる声に気付き、俺は朦朧とした意識のまま振り向く。
「片桐くん…」
ベッドの脇に座る彼の手に、優しく頭を撫でられる。
背に感じるふかふかのベッドも相まって、心地よさがいっそう増していく気がする。
「お酒、弱いんですね」
「…え」
「すみません。俺の落ち度ですね」
ジャケットを脱いだ格好をした片桐君は、するり、俺の頭から頬へと、手の位置を移動させていく。
「かたぎりく…」
ふと落ちる影に気付くとともに、片桐君の顔が近付くのが分かった。
なんの前触れもなく、唇に触れる――熱過ぎるほどの感触。
近い彼から香る香水の匂い。閉じられた、長いまつ毛。
あれ、……何でこんなことになってるんだっけ?
アルコールがまわって、思考が上手く働かない。
ふと、脳裏に藍沢の声が蘇った。
――“知らねぇぞ。変なとこに連れ込まれても”
ともだちにシェアしよう!

