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第一章 ③ 兄

 音を立てずにドアを開けた。片付けられた玄関に、靴は一足。忍び足でリビングを覗くと、母がワインを飲んでいた。外はまだ明るいというのに、いいご身分になったものだ。  リビングを避けて、緩い螺旋の階段を上ると、伊槻が最も避けたかった、この家で最も会いたくなかった男と、顔を合わせることとなった。  思わず立ち竦んでしまうと、男は気色ばんで顎をしゃくった。こっちへ来い、具体的には、部屋に来いという合図だ。伊槻がなおも動けずにいると、男は足を踏み鳴らした。  西宮大輝。この家の長男。血の繋がらない、伊槻の兄。   「……帰っ…てた、んだね。兄さん……」    部屋に入ってもドアのそばから動かない伊槻に、兄は痺れを切らしてベッドを殴り付けた。ごちゃごちゃ喋ってないで早くしろ、の意味だ。伊槻は、もう逃げられはしないのだと悟り、服を脱いだ。   「言われなくてもそうしろよ」 「……ごめ、なさい」    力ずくでベッドに沈められる。前戯もなく、暴かれる。切り裂く痛みに、伊槻が顔を歪めると、兄は心底楽しそうに笑う。   「お前な、また男遊びしてきたんだろ。じゃなきゃ、こんな簡単に入らねぇから。いい加減にしとけよ? 親父も心配してたぜ」    白々しい。父が伊槻の心配などするはずがない。   「オレが束縛系じゃなくてよかったなぁ? じゃなきゃ今頃刃傷沙汰だ。お前、何回死んでるか分かんねぇぜ?」    ギシッ、ギシッ、とベッドが軋む。ふうっ、ふうっ、と湿った吐息が降ってくる。   「はあっ、しっかし、具合のいい穴だな、マジで。お前これ、ここまで育てたのは、オレなんだからな? この穴貸してるジジイ共にも、感謝してもらわねぇと……っ」    激しさを増したピストンに、伊槻は思わず声を漏らす。咄嗟に枕へ顔を埋めると、湿った声が耳元に流れ込んだ。   「あー、出る出る。まずは一発目な──」    胎内に汚濁が流れ込む。ビクン、と反射で腰が震えた。  二階の部屋で何が行われているのか、母は何も気づかない。一週間、伊槻が家に帰らなくても、何も言わない母だ。他人に興味がないのか、単純に鈍感なのか、元々こういう母だった。    兄に初めて犯された時、伊槻はまだ十二だった。母が再婚し、この家に越してきて、最初の夏を迎える頃だった。両親はハネムーンで家におらず、しばらくの間、兄と二人きりで過ごすことになっていた。  あの頃はまだ浮かれていた。新しく始まる生活、庭付き一戸建ての広い家、二階の隅に与えられた子供部屋。そんなもの全てが、あの頃の伊槻にとっては新鮮で、新しい家族とも、きっとうまくやっていけると信じていた。  だが、期待はあっという間に打ち砕かれる。兄は、両親の不在をいいことに、何も知らない伊槻を手籠めにしたのだ。   「おもしろいもん見せてやるから、オレの部屋来いよ」    最初の誘い文句は、確かこんな風だった。性に関する知識もなく、最低限の警戒心すら持ち合わせていなかった伊槻は、易々と騙された。   「おもしろいもんってなに?」    伊槻の部屋より二回りは大きい兄の部屋。大きな窓に、広いバルコニー、本棚は高く、ベッドも広い。いつかこんな部屋に住んでみたいと、言葉にすることはなかったが、伊槻は密かに憧れていた。   「いいから、ここ座れ」    促されるまま、ベッドへ腰掛けた。まんまと誘き出された。もう逃げることはできない。ここは蟻地獄だ。   「見てろよ」    そう言って、兄は服を脱ぎ始めた。ズボンを脱ぎ、下着を脱いで、現れたそれは、半ばほど上を向いていた。同じ男同士、伊槻にも同じものがついているはずだが、兄のそれは、だいぶ様子が違っていた。皮が剥け、赤黒く変色した亀頭が露出している。   「……おもしろいもんって、これ?」 「もっと近くで見てみろ」    髪を掴まれ、至近距離でペニスを見させられた。こんなものを見せられてどうすればいいのかと困惑していると、兄はさらに信じられないことを言う。   「舐めて」    耳がおかしくなったのかと思った。伊槻は恐る恐る視線を上げる。兄の顔に表情はなかった。   「いいから、舐めろよ」    どう考えても、舐めるものじゃない。口を結んだまま動けずにいると、一層きつく頭を掴まれ、唇にペニスを押し当てられた。生臭い、青臭い、ぬるぬるしたものが、口や鼻を濡らしていく。おずおずと舌を伸ばすと、兄は満足そうに言った。   「最初からそうしときゃいいんだよ」    ちろちろと舌を動かし、赤黒い亀頭を舐める。やはり、どう考えても、口に入れていいものではない。昔、母が何日か帰らなかった時に拾って食べたおにぎりよりも、酷い味がした。  いきなり、頭を両手で押さえ付けられた。何をされるのか、なんて考える暇もなく、薄く開いた唇に、怒張したペニスをねじ込まれた。唇が裂ける。喉が潰れる。腐った肉の塊が、小さな口内を埋め尽くす。兄は腰を突き上げながら、伊槻の頭を上下に揺さぶって、興奮したように息を弾ませた。   「はあっ、ははっ、やっぱこれだよなぁ! うっ…く、もう出る──ちゃんと飲めよ!」    力ずくで根元まで咥えさせられ、亀頭が喉奥を擦り上げた。びゅくっ、びゅくっ、と腐った汁をぶち撒ける。その脈動を喉が感じた。   「んぶっ……んんう゛っっ……!」 「暴れんなよ。ちゃんと飲めって」    汚濁にまみれ、溺れそうになる。兄は力を緩めない。だが、こんなものとても飲み込めない。結局吐き出してしまうと、兄は興醒めとばかりに舌を鳴らした。   「ったく、つまんねぇやつだな」 「ごっ、め……ごぇ゛、なさっ……」 「それじゃ、お仕置きな」    これ以上何をされるのだろう。喉に絡んだ汚濁を吐き出したくて、何度か咳をしてみるけれど、粘着いたそれはしつこく喉に絡み付き、無理に飲み込むことしかできなかった。   「足開いて、こっち向け」 「やっ、や……はなして……」 「大人しくしてろ。痛くしねぇから」    嘘だ。兄は、自身の吐き出した汚濁を掻き集め、器用に指へまとわせて、あろうことか、尻の穴にねじ込んだ。狭い穴を無理やりこじ開けられる。初めて知る痛みと異物感に、濁った悲鳴が漏れた。   「ひっ、うぅ……やだっ、やだっ、気持ち悪いっ……」 「ん~。ま、結構きちぃけど、初めはみんなこんなもんだろ」    ようやく指が抜かれ、安堵したのも束の間、薄い太腿をがっしりと押さえ付けられ、みっともなく足を開かされる。潰れた蛙のような恰好で足を折り曲げられ、そして、串刺しにされた。   「ぅあ゛…っ、あぁ゛あっっ!?」 「っ、やべ、きっつ……」    何が起きているのか、分からない。違う。直視できなかった。自分の身に起きていることを、知りたくなかった。理解したくなかったのだ。   「あう゛っ、あ゛っ、やだっ、やだあっ、痛いっ!」 「うるせーな、黙ってろ」    みっともなく泣きじゃくると、すぐさま拳が飛んでくる。じんじんと頬が痺れ、血の味が広がるが、内臓を暴かれる痛みの方が、ずっとずっと強烈だった。  肉体が真っ二つに裂ける。柔らかな臓器を切り刻まれる。まるで抜き身のナイフをねじ込まれている感覚。温かな血が流れ、凶器を濡らした。   「これで、お前はオレの女だ。いいか。最初にお前を抱いたのは、このオレだ。お前を犯して、メスにしたのは、このオレ、なんだからな……っ」    兄の息が荒くなる。何を言われているのか、さっぱり分からなかった。何でもいいから早く終わってほしかった。あまりに激しく揺さぶられるので、脳味噌までシェイクされて、おかしくなりそうだった。   「うおっ、出るっ、出るぞ。今度こそ、ちゃんと飲み干せよ──!」    体の中心を貫く凶器が、ドクンと脈動した。ついさっき、喉で感じたのと同じ。そして間を置かず、濁った体液を流し込まれた。   「あ゛~、処女まんこサイコー」 「ひっ、や…っ、ああっ、やっ……も、ぬいて……っ」    伊槻は、掠れた悲鳴を上げながら、どうにか逃げ出そうとして藻掻いた。しかし、こうも強い力で押さえ込まれていては、逃げ出すことなどできるはずもない。虚しく、シーツの海を掻くだけだ。伊槻の意思など関係なく、強制的に全てを注ぎ込まれ、文字通り、一滴残らず飲み干した。  ようやく抜けていった性器は、まだ硬度を保っていた。赤と白の粘液にまみれた、グロテスクな肉の棒。今の今まで、伊槻の体内を蹂躙していた凶器に他ならない。そう考えるとぞっとして、直視できなかった。  指先を動かすことさえ億劫だった。それでも、動かない体に鞭打って、伊槻は起き上がろうとした。今すぐに、シャワーを浴びたい。中に出されたものを掻き出したい。そうしなくては、この肉体が、汚物入れと化してしまう気がした。一旦そうなってしまったら、元には戻れない予感があった。   「何逃げようとしてんだよ。これから第二ラウンドだろうが」    しかしあっさり捕まって、ベッドに沈められる。今度はうつ伏せに押さえ込まれ、親指をねじ込まれて穴を広げられた。   「な、んで? いま、おわったんじゃ……」 「終わりを決めるのは、お前じゃなくてこのオレだ。せっかく親がいねぇんだから、ヤリまくる以外の選択肢なんかねぇんだよ」 「む、むり……いやだってば! やだっ!」    暴れて抵抗の姿勢を見せると、何発か拳をもらった。口の中が切れ、血が沁みた。視界が狭まって見えるのは、瞼が腫れているせいだろうか。頭がぼんやりするのは、打ち所が悪かったせいか。   「────ひぐっ、う゛うっ……やだっ、やっ、いたいぃ……っ!」    ギシッ、ギシッ、とベッドが軋む。床板までもが悲鳴を上げる。うつ伏せのまま押し潰されて、杭を打ち込まれていた。腹が破れそうだった。胃も腸もねじくれてしまって、元の形に戻らない。痛みと苦しみだけが、伊槻を支配していた。   「喚くんじゃねぇよ、萎えるだろ。次泣いたら、またみぞおち行くからな」    伊槻は枕を抱きしめた。兄のにおいが染み付いていて、最悪だった。声を殺そうとしても、ぐっぐっと突き上げられる衝撃で、勝手に声が漏れた。悲鳴とも、呻き声ともつかない声に、兄は息を荒くした。   「ははっ。最初からそうやって、素直になりゃいいんだよ。大体お前、痛いとか言って泣きやがって。こっちは悦んでるくせによ」 「ち、が……しらないっ……」 「入口ンとこ、ずーっとヒクついてんぜ。ケツん中も、すげぇうねって締め付けてくるしよ。気持ちいいんだろ? チンポ好きなんだろ? とんだ淫乱じゃねぇか」 「や゛ッ、うう゛っ……」    分からなかった。自分の体が、自分じゃないみたいだった。痛いのに、苦しいのに、気持ち悪いのに、肚の奥がじんわりと熱を持って疼くのは、なぜなのだろう。決して、淫乱なんかじゃないのに。こんなこと、全然気持ちよくない。こんなの全然好きじゃない。   「はっ。おい、あんま締めんじゃねぇよ。またすぐイッちまうだろうが。それともなんだ。そんなにナカほしいのか? さっきので興奮したかよ、この淫乱」    髪を鷲掴みにされ、無理やり後ろを向かされた。蛇のような舌が伸びてきて、唇を割いてねじ込まれる。吐き出そうとしても、無理やり舌を絡め取られる。腐臭のする、濁った唾液を飲まされて、蠢く舌に蹂躙され、ばこばこと腰を打ち付けられる。  一瞬、時が止まった。ビクン、と大きく痙攣したかと思うと、どくどくと汚濁が放たれた。胎内が汚物に満たされる。   「っあ゛~、やっべぇ気持ちいい」    兄は小刻みに腰を揺すって、肚の奥へと汚濁を擦り付ける。内側からみぞおちを殴られているような感覚に、伊槻はえずいた。  きっともう手遅れだ。何もかもが手遅れだ。この肉体は穢れてしまった。男の欲望を受け止めるだけの肉の穴だ。汚濁を詰め込むための肉袋だ。そんなものに成り果ててしまった。      *      リビングには母がいたのに、兄は手酷く伊槻を抱いた。何度中出しされたか分からない。重い体を引きずってシャワーを浴びていると、浴室のドアが開いた。   「兄さ……」 「オレも汗かいたからさ」 「……待って、すぐ出るから……」 「なんでだよ。せっかく来てやったのに」    背後に回られ、腰を掴まれる。この流れは、やはりそういうことだろう。またするのか、なんて空気の読めないことを言うと、またぶたれる。伊槻はバスタブに手をついて、腰を突き出した。案の定、硬くなった肉塊が押し入ってくる。   「あー、これこれ。さすがにまだ柔らけぇな。腰ガクガクしてるけど、挿れただけでイッたか?」    伊槻は黙って首を振る。兄との行為でイかされたことなど、ほとんどない。性器を擦られて無理やり絶頂させられたことはあるが、それ以外では一度もない。尻を弄り回されて感じるなんて、絶対にあり得ない。   「んだよ。気持ちいいの認めたら? ケツは正直なのにな」    そんなこと、認められるはずがない。伊槻は再び首を振るが、兄は、何がそんなに楽しいのか、嬉々として腰を振りたくった。肉と肉のぶつかる生々しい音が、浴室に反響する。骨の軋む音が、体内に響く。声を響かせたくなくて、唇を噛む。錆びた鉄の味がした。  綺麗にしたばかりなのに、汚された。違う。いくら洗い流したって、綺麗になることはない。この肉体は、取り返しのつかないほどに、汚れている。いくら洗っても、何度擦っても、汚いままだ。死んでも元には戻らない。

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