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第5話
「っ、――…」
荒い息に肩を震わせながら、屈辱に息を飲む。ネクタイさえなければ、背後の神崎を睨み付けてやるのに。そう思いながら、鏡についた手できつく拳を作る。
「……こ、…んなことをして、何になる…、ッ――」
神崎の指に再び性器を握られ、ひく、と顎が跳ねる。濡れて張り付く布地が気持ち悪い。
「やっと敬語やめたか。こんなことをする奴は『お客様』じゃないか?」
「当たり前だ! ……っぅ、ン、」
叩き付けるように吐き捨てたはずなのに、その唇が深く塞がれ、舌を入れられる。噛み切ってやりたいのに、熱い掌に胸をまさぐられるだけで、物欲しげな吐息が零れてしまう。
一度堰を切った身体が、正直に次を求めて疼く。足りない。
「どうしてほしい?」
口付けが解け、耳朶に濡れた感触が押し当てられた。其処から低く零れる囁きが、宮原の熱をじっとりと炙る。
しかし宮原は、きつく握り締めた指先に更に力を込めた。
「今すぐ、やめろ」
ふ、と神崎が笑う気配がした。そして下方で響く、衣擦れとジッパーの音。
腰に引っかかっていただけだったスラックスがずり落ち、下着が引き摺り下ろされる。あらぬところに外気が触れ、全身がかっと熱を帯びる。
「足りないくせに」
声が下から聞こえ、はっとする。咄嗟に逃れようと暴れかけた下肢は、神崎の腕にがっちりと抱き込まれた。
「ゃ、っ…さ、わるなッ――…!」
抗う声が聞き入れられるはずもなく、熱い指が後孔を探り当てる。念入りにローションを満たした――完璧に準備を整えて神崎を待ち侘びている、其処を。
「ほらな。いつも通り、準備万端だ」
「――ッ…、っ……!」
きつく唇を噛み、頭を打ち振る。顔どころか耳朶にも首筋にも血が昇っている。羞恥で頭がおかしくなりそうだった。
ちゅ、と、小さな水音と、――尻に触れる柔らかな、唇。幾度もそうして吸い付かれ、小さく腰が跳ね、息が乱れる。いつもなら、そんな刺激はどうということもないはずなのに。
「ふっ、…、あ、ン、っ…」
視界を塞がれているからか、両手の自由を奪われているからか、キスされるたび、ローションを纏い蕩ける『奥』が浅ましくひくつく。
「言ってみろ。『欲しいです』って」
「誰がッ……ッああ、っ――!」
ぬる、と、異物が入ってきた。抗うことなど許されないまま、狭い其処で好き勝手に暴れる指の動きに、宮原は成す術もなく腰を跳ね上げ、身悶える。
「ココはこんなに素直なのにな」
「ッひ、っ……ゃ、あ・あァ、ッん、んンっ、ッ!」
宮原の身体を知り尽くした指が、最も感じやすい場所を執拗に擦り、突き上げた。一度精を吐いたはずの性器が再び漲っていることも、そこから落ちる体液が店を汚していることも分かっているが、どうしようもない。自分の中で暴れる指が何本なのかも、もう分からなくなっていた。
「イけよ。何回でも」
神崎の唇が耳朶に触れる。注がれる低い囁きが、毒液のように宮原の思考を狂わせていく。
「ぃや、だっ、…ぁ・ん、ッ――ああッ、…っ――やッ……!」
懸命に頭を打ち振りながら、びく、と腰が跳ねる。一度目のような不意の暴発ではない。身体の奥の、一番柔らかい場所を的確に抉られ、根こそぎ快感を搾り取られるような、抗いようのない絶頂。
弾けた精がどこへ散ったのかなど考えたくもないし、考えさせてもくれなかった。
「ん、く…ッ、…ぁあ、…ッ、…や、…やめ…ッ、…ぁ、――…ぁあ…ッ!」
飲み込まされたままの指が、胸を、性器を嬲る指が、息をつく暇すら与えず宮原の理性を削り取っていく。鏡に身体を預けたまま、ただ喘ぎ、身悶え、腰をひくつかせることしかできない。
幾度達したのかもわからなくなった頃。ようやく指から解放され、崩れそうになった身体が、背後から支えられる。
「な、んで……、ッ…」
神崎の身体に背を預けながら、掠れた声が零れ落ちた。両目を覆うネクタイの厚い布地は疾うに重く濡れている。
「なんで、…こんな、っ……!」
ふ、と小さく笑う気配がした。優しい唇が濡れた頬を吸う。
「あんたが自分のこと全然わかってないから、教えてやってるんだ」
何を言われているのか、さっぱりわからなかった。
「――な、んの…、ことだ…?」
神崎の顔と思しき方向へ顔を向けながら零れた声は、みっともなく掠れている。ふ、と神崎が笑う気配がした。
「見た方が早い」
直後、弛緩していた尻肉が、乱暴に鷲掴まれた。
「――ッ!」
押し当てられた熱は、質量も硬さも、指とは比べ物にならない。全身が期待と恐怖で竦み、戦慄く。
「ああああッ――!」
甘い悲鳴。同時に、また果てる。もう精を吐くこともできないのに。
幾度も叩き付けるように深く貫かれながら、鏡に縋り付いて律動を受け止める。
何も考えられなかった。中を抉る熱と硬さに無理矢理昂らされながら、神崎を慰める性器そのものになったように、ただ神崎の思うままに揺さぶられるだけだ。
「ッ、ん、…ぁ、っ、…ァ・あ、ん…ッ・ぅ、あ…あああーーッ…!」
自分の唇からどんな声が零れているのかもわからなくなる。理性が完全に削り取られ、与えられる快感だけが宮原のすべてになる。
「……ああ。いい顔してる」
背後から、汗に濡れた満足げな声が聞こえた。
なにが、とぼんやり思う。
次の瞬間、目の前を覆っていた葡萄酒色の闇が取り払われた。許容を超える光量に、一瞬目が眩み、きつく瞳を閉じる。
やがて戻ってきた視界。その、目の前に、映っていたのは。
「―――ッ…!」
鏡。
そして、鏡の中で、涙と涎に濡れた顔を上気させ、だらしなく喘いでいる、知らない男。
シャツとベストの前をはだけ、体液にまみれた剥き出しの性器を揺らしながら、神崎に犯されて歓喜している――
「嫌だッ…ぁ・ん、っゃめッ……」
律動が再開され、懸命に顔を背けようとする。しかし背後から伸びた神崎の手が、宮原の顎を掴み、容赦なく鏡と正対させる。
「ひ、ぅ、ッ…、あ・ああッ――!」
貫かれるたび、蕩けた顔で卑猥な声を零す自分が、そこにいた。
「俺は知ってるんだよ。あんたがこんな顔で俺に抱かれてるってこと」
神崎の熱が、宮原の中で弾ける。粘膜に直接叩き付けられる精。そんなことを、今まで許したことなどない。だというのに宮原はどうしようもなく高揚していた。もう零すものもないのに、また絶頂してしまう。
涙で霞む視界が、鏡を映す。
蕩け切った自分の顔と、後ろからそんな自分を見下ろす、凪いだ神崎の瞳。
思考が焼き切れ、視界がブラックアウトした。
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