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第3話 バームブラックでティータイム

 再び広間へ戻ると、長いテーブルの中央に黒々としたフルーツケーキが置かれていた。  スパイスとドライフルーツの濃厚な香りが漂い、蝋燭の揺らめきに照らされたその姿は、不思議と神聖な儀式めいて見える。 「こちらは“バームブラック”と申します」  執事が銀のナイフを手に、恭しく説明を添える。 「アイルランドに伝わるハロウィンのお菓子でございます。中に忍ばせた品によって未来を占うことができるのです。指輪は結婚、コインは金運、布は困窮、藁は旅の兆し……といった具合に」  史狼は思わず眉をひそめた。 「……ケーキの中にそんな物が入ってんの? 歯が折れたりしねぇかな」  そのぼやきに、海都がクスッと笑う。 「まあ面白そうじゃないか。せっかく用意してもらったんだ、いただこう」  潔癖気味な彼は内心では少し警戒していたが、表には出さず、すっとフォークを手に取った。その落ち着いた仕草に、史狼は心の中で感心しつつも、同じようにフォークを握る。  二人の前に切り分けられた一切れずつが置かれる。  史狼は恐る恐るケーキを崩し、海都は迷いなく口に運んだ。  ほどなくして、海都の皿から小さな金属のきらめきが現れる。 「……指輪?」  取り出されたのは銀の指輪だった。蝋燭の炎を映して、まるで小さな星のように輝いている。 「指輪は、一年以内の結婚を意味いたします」  メイドが恭しく告げると、史狼の手が止まった。  付き合い始めてまだ間もない。なのに“結婚”という言葉は、胸の奥を熱く灼く。顔を上げられず、視線を落とすしかなかった。 「結婚、か……」  海都は指輪を掌にのせ、しばし黙り込む。  その表情には、淡い憧れのような影が浮かんでいた。  史狼が思わず視線を投げると、海都の目が真っ直ぐに重なる。  彼は微笑を浮かべ、低く囁いた。 「もちろん、君とのことを考えてた」 「……っ!」  史狼は耳まで赤くなり、慌てて皿に向き直った。  やがてフォークの先に硬い感触が当たり、古びた真鍮のコインが現れる。 「コインは金運、経済的安定の兆しを表します」  史狼は胸をなで下ろした。指輪でなくて良かった――そう思ったのも束の間、心のどこかで寂しさが疼いた。  海都は二つの品を並べ、柔らかな声で告げる。 「僕は指輪、君はコイン。……ふふ。僕と結婚しても、君を生活に困らせないから安心してってところかな」 「……そんな解釈あるかよ」  史狼は慌てて否定し、視線を逸らした。 「オレは、養われるんじゃなくてさ……自分の暮らしをちゃんと立ててからじゃねぇと。海都さんに釣り合うようになってから、その先のこと考えたいんだ」  その声音には、不器用な誠実さが滲んでいた。  海都はしばし史狼を見つめ、苦笑を浮かべる。 「……そういうところ、君らしいな」  理解はしている。だが同時に、今すぐにでも「それで十分だ」と伝えたい衝動が胸を掻き立てる。  けれど押しつけることはせず、胸ポケットから自分のハンカチを取り出し、そっと史狼の口元を拭った。 「無理に急がなくてもいい。でも、忘れないで。僕はもう十分だと思ってる」  その言葉に、史狼はますます顔を赤くし、ハンカチごと手を払うようにして黙り込んだ。 「指輪とコインの組み合わせは、とても縁起が良いのです」  メイドの声が広間に響く。  それはまるで、二人の未来を祝福する祝詞のように聞こえた。

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