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第13話 美弦
亡くなった美咲の弟、美弦(みつる)は大学を出てニートになっていた。ずっとピアノ一筋だった。ピアノを仕事にしたいと思っていた。
ニートだから、親元にいる。
「あーあ、家を出なくちゃな。
何事も始まらない。」
姉が出産と同時に亡くなったから、母親の執着が強い。
「美弦はずっと家にいればいいのよ。
お願い、どこへも行かないで。」
父親は地方都市の役人だ。堅い仕事をしている。美弦は田舎の大学の経済学部卒。これ以上つまらない選択は無かった、と後悔している。
「音楽を仕事にするって?
何をやるんだよ。作曲でもするのか?」
音大に行きたかった。田舎だから、東京に出て
一人暮らしをしなければならない。それは過保護な母親が許さなかった。
その頃は、まだ姉の美咲は元気で、看護師を目指していた。
学生同士で子供が出来た、と大騒ぎになって親が慌てて結婚させた。夫の徹司が、山形の資産家の御曹司で、母親は渋々結婚を認めた。
「美咲、山形なんかに行かないでよ。」
「まだ、学生だから行かないよ。
子供生まれたら、学校に戻るから。」
そんな未来を信じていた親を、今更捨てられない。
美弦は言う。
「俺、まだ、人生を決められないんだ。」
母は
「もう25才よ。落ち着いてほしいわ。
郵便局とか、どうかしら。」
母親の薦める人生なんか、まっぴらだ。
ピアノに向かう。
チャイコフスキー、ピアノ協奏曲、変ロ短調作品23番。叩きつけるように弾き始めた。一人で弾きこなせる曲ではない。
「はあ、途中からライムライトに変わっちまった。」
勝手なアレンジで自分の好きな曲にする。
「兄貴の所に行ってみるか。
太郎にも会いたいし。」
美弦は「兄貴」と言う存在に憧れていた。男の兄弟が欲しかった。
姉を亡くして兄貴が出来たのは何とも皮肉だったが。
美弦は徹司が好きだ。憧れている。一人で、仕事をしながら子育てしているのはカッコいい。
「イクメンって奴?尊敬しちゃうよ。」
「ハイ、タロー、お利口にしてたか?」
「あ、美弦!ゲームやろう、マイクラ!」
「出来るようになったか?俺に勝てるか?」
「できる!できるもん!」
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