13 / 198

第13話 美弦

 亡くなった美咲の弟、美弦(みつる)は大学を出てニートになっていた。ずっとピアノ一筋だった。ピアノを仕事にしたいと思っていた。  ニートだから、親元にいる。 「あーあ、家を出なくちゃな。 何事も始まらない。」  姉が出産と同時に亡くなったから、母親の執着が強い。 「美弦はずっと家にいればいいのよ。 お願い、どこへも行かないで。」  父親は地方都市の役人だ。堅い仕事をしている。美弦は田舎の大学の経済学部卒。これ以上つまらない選択は無かった、と後悔している。 「音楽を仕事にするって? 何をやるんだよ。作曲でもするのか?」  音大に行きたかった。田舎だから、東京に出て 一人暮らしをしなければならない。それは過保護な母親が許さなかった。  その頃は、まだ姉の美咲は元気で、看護師を目指していた。  学生同士で子供が出来た、と大騒ぎになって親が慌てて結婚させた。夫の徹司が、山形の資産家の御曹司で、母親は渋々結婚を認めた。 「美咲、山形なんかに行かないでよ。」 「まだ、学生だから行かないよ。 子供生まれたら、学校に戻るから。」  そんな未来を信じていた親を、今更捨てられない。  美弦は言う。 「俺、まだ、人生を決められないんだ。」  母は 「もう25才よ。落ち着いてほしいわ。 郵便局とか、どうかしら。」  母親の薦める人生なんか、まっぴらだ。  ピアノに向かう。 チャイコフスキー、ピアノ協奏曲、変ロ短調作品23番。叩きつけるように弾き始めた。一人で弾きこなせる曲ではない。 「はあ、途中からライムライトに変わっちまった。」  勝手なアレンジで自分の好きな曲にする。 「兄貴の所に行ってみるか。 太郎にも会いたいし。」  美弦は「兄貴」と言う存在に憧れていた。男の兄弟が欲しかった。  姉を亡くして兄貴が出来たのは何とも皮肉だったが。  美弦は徹司が好きだ。憧れている。一人で、仕事をしながら子育てしているのはカッコいい。 「イクメンって奴?尊敬しちゃうよ。」 「ハイ、タロー、お利口にしてたか?」 「あ、美弦!ゲームやろう、マイクラ!」 「出来るようになったか?俺に勝てるか?」 「できる!できるもん!」

ともだちにシェアしよう!