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第20話 子育て
「あの日、美弦が来てくれなかったら、
俺は太郎を手放してた。美咲の実家にでも。」
今もこの手に抱きしめることが出来るのは美弦のおかげだ。
それからも度々手伝いに来てくれた。美咲の母親が美弦を寄越してくれた、と後で知った。
それでも、向こうに太郎を取られる不安はあった。心の狭い男でごめん。
美弦は、あの日写真立てに飾ってある美咲の写真が倒れていたのを見つけた。気になって、夜半だったが徹司の家に駆け付けた。
「徹司さんか困ってるって美咲の写真が言ったんです。」
美咲とよく似て来た美弦が言った。思わずハグした。
「ありがとう。」
不覚にも涙が出る。
「こんな父親じゃ、無理なのかな。」
泣き言が出る。
「大丈夫ですよ。美咲の写真が笑ってる。
徹司さんが頑張ってるのが嬉しいって。」
徹司は、こうして訪ねて来る美弦が心の支え、だった。いつの間にか、来るのを心待ちにしている。美咲の三回忌の頃、母親が
「あまり美弦を呼びつけないで。
大変だったら太郎をこちらに任せればいいんで
す。美弦も勉強が有りますから。」
何か、資格を取るための勉強中だと言った。
それ以来、疎遠になっていた。若い青年を縛るのを遠慮した。
(美弦くんに会いたいなぁ。
あの美咲にそっくりな顔を見たい。
生きていて笑ってくれる。)
こんな事を考えてはいけない。自分を戒めていた。
もう子育ても慣れて、ベビーシッターも頼めるようになっていた。少しの間なら外出も出来るようになった。薄紙を剥がすように少しずつ赤ん坊は成長した。確実に。
零士に紹介されたシッターのホアがとてもいい娘で太郎も懐いていた。あのグエンの妹だと言った。働き者で心根の優しい娘だった。
太郎が懐いている。
「みちゅゆ、こないねー。」
太郎に言われるとツラい。
「みっちゃんはお勉強があるんだよ。
徹司も会いたいよ。」
そう言いながらも、美弦の不在に慣れて行った。
美弦は太郎が5才になる頃からまた、訪ねて来るようになった。
徹司も美弦の顔を見ると、自分が会いたかった事に気付いた。
ますます美咲に似て来た、ほっそりした美弦から目が離せない。
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