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第30話 愛の決壊

 愛が溢れて決壊する。愛に溺れる。 家に美弦が来る。仕事に行くまでの時間を太郎と遊んでくれる。 (だめだ。子育てで困難にぶつかると美弦を求めてしまう。俺はずっと助けられて来た。  太郎がどんな大人になるか、わからないのに。 自分の事なんか二の次だ。ダメな父親だ。)  一方、美弦は徹司で頭の中がいっぱいだった。 店で弾き語る。  歌謡曲で愛し合っても結ばれない、なんていう歌詞を見ると泣けてくる。 「美弦、感情移入がすごいな。 そんなに演歌が好きか?」  零士にからかわれる。草太が 「みっちゃんは恋してるんだね。」 「えっ?」 (今まで自覚はなかったけど、そうなのかな?)  美咲が亡くなってから8年近くなる。 美弦も27才か。念願のピアノを仕事にしているが、店はあまり評判のよろしくない、反社の経営する水商売だ。親はもう諦めている。  なぜか、徹司と太郎の家に入り浸り、ほとんど住んでいると言ってもいいくらいだ。  美弦の淹れた珈琲を一緒に飲んでいた。 「美弦、珈琲美味いな。 カフェとかやるか?」 「ピアノのあるカフェ、いいね。」  徹司もウェブデザインの仕事に飽きて来た。 長い指でカップを持つ美弦の手に見惚れた。少し伸びた前髪をかき上げる仕草もいい。 「美弦はここにばっかり来ていて 恋人とかいないのか?」 「え?そんなのいいんだ。そう言うのいらない。」 「あ、立ち入った事だったね。」 「いえ、徹ちゃんの方はどうなの?」 「出会いがないよ。家に引きこもりだし。」  仕事はAIとチャットGPTにやってもらう。 全部は無理だけど、ずいぶん楽になった。 「もうそろそろ太郎が帰ってくる頃だ。」  あれ以来、太郎は女の子としゃべらなくなった。葵ちゃんがグズグズして誤解を解いてくれなかった事で、女性不信になったようだ。  女子たちに、バレンタインデーにたくさんチョコレートを渡されたが全部突き返してしまったらしい。 「もったいないね。受け取ってあげればいいのに。」

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