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第31話 距離
お互いに惹かれてるのに徹司と美弦の距離は縮まらない。微妙に距離を取って離れている。
(俺は草太みたいになりたくないんだ。)
男同士の恋愛など自分とは無関係だ。一生そんな事はないだろう。頑なに思い込んだ。
今日は合気道の稽古日だ。太郎を送って行く。
「久しぶりに道場に顔を出してみようかな。」
美弦が一緒について来た。
道場には、新入りがいるようだ。
「あ、キミは葵ちゃん。」
「こんにちは、葵も合気道を習わせることにしました。」
葵ちゃんのママが近づいて来て言った。危険な思いをしたので護身術を身に付けさせたいという。太郎は嫌な顔をしていた。
「こんにちは、葵もここに通う事にしたのよ。
よろしくね。」
押し付けがましい葵ちゃんのママだ。苦手なタイプ。
葵ちゃんは、はにかんで
「この前、太郎くんが片手で男の子をひっくり返しちゃったの。カッコいいと思って。」
今日はいくらか饒舌に話す葵ちゃんを、太郎は冷たい目で見ている。
葵ちゃんのママは美弦と話し込んでいる。
徹司は手持ち無沙汰で落ち着かない。
道場の奥の、親たちが座って観覧する席に美弦たちがいた。
何かの話題で盛り上がっている。
(何の話があるんだよ。美弦も保護者みたいだ。)
学生時代は陽キャでモテていた徹司は、一抹の寂しさを感じた。
「徹ちゃん、稽古が終わったらどこかでお茶しない?って誘われたんだ。」
「ああ、行ってくれば?」
「徹ちゃんも一緒だよ。」
美弦はこのママの口ぶりから、徹司と話したい事に気付いた。
あの一件があって、夫とはうまくいかず別居中だと打ち明けた葵ちゃんのママは、徹司に興味があるようだ。徹ちゃんの事ばかり聞いてくる。
話題が尽きないのは徹司の事だからだ。
別居中とはいえ人妻だ。
美弦は警戒して付いて行くことにした。
ファミレスは空いていてゆったり座れた。
「この前はすみませんでした。
葵、言う事があるでしょ。」
はにかみながらも何とか声が出た。
「この前はちゃんと先生の前でお話し出来なくてごめんなさい。太郎くん、学校で葵とお話ししてください。」
太郎はあれ以来、女の子とは,口を聞かなくなっていた。
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