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第77話 余計な事
ピアノを弾いている美弦の陰に隠れるように太郎がいた。黒服に頼み込んで店に潜り込んだのだ。もう子供じゃない。身長は大人と変わらない。自分ではそう思っている。
美弦はお客さんのリクエストで歌謡曲を弾いている。客の歌に合わせて「マイウェイ」を弾き始めた。孝平が、歌うようだ。
さっきの大失言で、陸は動揺を隠せない。
(こいつ、もしかして・・)
自分の母親かもしれない、と思うのだ。
陸の育ての親、安藤甲斐に、孝平が以前話していた事があった。
「甲斐よ、このガキの親ってのはまだ生きてんだろ?探し出して会わせてやらねぇのか?」
「伯父貴、それは止めてくだせえ。
この子にとっていい思い出ではないんで。」
今は亡き、父親代わりの甲斐がもっとも恐れていた事だった。絶対に会わせてはならない、と考えていた。
「伯父貴、余計な事を!」
「陸よぉ、俺様が探し出して来てやったんだよ。
礼を言えよ。感動の母子再会だろ。」
「冗談はやめてください。
俺の母親は稔だけですよ。」
ハナと言われた女は、手を取り縋ってくる。
「お客様、何か、勘違いですよ。
伯父貴が酔っ払っておかしな事を口走ってるだけで。私の母親は元気に生きていますよ。
あなたじゃない。」
女は涙を隠さない。ついに陸がキレた。
「離せ!どのツラ下げて俺に会える?」
低いドスの聞いた声で言った。孝平伯父貴が
「陸、テメェ、俺に恥かかせるのか?」
「酔っ払いはすっこんでろ!」
「伯父貴の俺に弓引くのか?
上等だ。覚悟しろよ。」
今にも殴り合いが始まりそうだった。
そこに太郎が走って来た。陸に抱きついた。
「なんだ?ガキじゃねえか?」
陸は太郎を抱き止めて、孝平に言った。
「帰ってくれ。
もう俺の前に二度と現れるな!」
太郎の肩を抱いて、陸は奥の事務所に行ってしまった。
席に残った女が
「孝様、話すのはまだ早いって言ったのに。」
打ち合わせが出来ていた。女の目的は、莫大な
『ジュネ』のあがり、だった。
奥に引っ込んだ陸は、泣きじゃくる太郎に、やさしくくちづけをした。
「話、聞いちゃったんだな。
おまえが泣かなくていいんだよ。」
震える小鳥のようだ。愛しくて何度もくちづける。
「一人で来たのか?」
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