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第86話 走って来た

 陸は地下から上がって来てタバコを咥えた。 向こうから走って来るのは太郎だ。  勢い余って陸に抱きつく。 「太郎、一人か?危ないなぁ。 店には近づくな、って言ったはずだろ。」 「うん、美弦と一緒に来たんだ。美弦は先にお店に入っちゃった。  俺、陸が見えたから走って来た。」  陸は何とも嬉しくなって、太郎の肩を抱いた。 太郎は陸の手を握る。  陸の薬指にいつも嵌っているゴツい指輪を触るのが好きだ。  安藤甲斐が子供を売り買いする裏オークションで陸を落としてくれた時、自分の指から外してくれたものだった。甲斐の指から、今は陸の指に嵌っていた。当時はサイズがゆるゆるだったから、握りしめていた。何よりも大切な陸の宝物になった。  陸が売られていたのは、子供を出品する闇のオークション。もちろん違法だ。  子供を欲しがっていたゲイカップルの甲斐と稔。彼らが探し出した児童売買のサイトだった。  この一件は、藤尾さんの知る所となり、組織は秘密裏に叩き潰された。  誘拐されて来た子供たちが大半だった。中には親が売り飛ばした子供もいた。  関係者は内密に処分されたが、行き場のない子供たちがいた。  陸を買ったのは、組の直系、安藤組の甲斐だったから、そのまま,彼らの子として育てられた。  他の子供たちは施設に預けられた。中学を出ると、みんな町に出て、やがていなくなる。  大抵が触法少年。犯罪者予備軍。極道になる者も多かった。 「陸は真っ当に育った方だ。」 「育ての親は極道だったけど、な。」  藤尾さんによく、そう言われた。 今は雲の上の存在だが、当時,陸は可愛がられた。悪くならずに真っ直ぐ育ったのは空手に打ち込んだからだ、と思っている。あまり真っ直ぐとは言えないが。

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