86 / 198
第86話 走って来た
陸は地下から上がって来てタバコを咥えた。
向こうから走って来るのは太郎だ。
勢い余って陸に抱きつく。
「太郎、一人か?危ないなぁ。
店には近づくな、って言ったはずだろ。」
「うん、美弦と一緒に来たんだ。美弦は先にお店に入っちゃった。
俺、陸が見えたから走って来た。」
陸は何とも嬉しくなって、太郎の肩を抱いた。
太郎は陸の手を握る。
陸の薬指にいつも嵌っているゴツい指輪を触るのが好きだ。
安藤甲斐が子供を売り買いする裏オークションで陸を落としてくれた時、自分の指から外してくれたものだった。甲斐の指から、今は陸の指に嵌っていた。当時はサイズがゆるゆるだったから、握りしめていた。何よりも大切な陸の宝物になった。
陸が売られていたのは、子供を出品する闇のオークション。もちろん違法だ。
子供を欲しがっていたゲイカップルの甲斐と稔。彼らが探し出した児童売買のサイトだった。
この一件は、藤尾さんの知る所となり、組織は秘密裏に叩き潰された。
誘拐されて来た子供たちが大半だった。中には親が売り飛ばした子供もいた。
関係者は内密に処分されたが、行き場のない子供たちがいた。
陸を買ったのは、組の直系、安藤組の甲斐だったから、そのまま,彼らの子として育てられた。
他の子供たちは施設に預けられた。中学を出ると、みんな町に出て、やがていなくなる。
大抵が触法少年。犯罪者予備軍。極道になる者も多かった。
「陸は真っ当に育った方だ。」
「育ての親は極道だったけど、な。」
藤尾さんによく、そう言われた。
今は雲の上の存在だが、当時,陸は可愛がられた。悪くならずに真っ直ぐ育ったのは空手に打ち込んだからだ、と思っている。あまり真っ直ぐとは言えないが。
ともだちにシェアしよう!

