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第88話 徹司の心配

 美弦に声をかけて、一階に上がって行くと徹司が待っていた。 「今日はピアノのレッスンだろう。 美弦と一緒に来る必要はなかったのに。」  櫻子先生の家は近い。 「もっと早い時間にしてもらうか。」 「部活終わってからだとこの時間しか無いよ。」  徹司は太郎がこの辺りをうろつくのが心配でならない。あのヤクザと近づくのが嫌だ。  レッスン終わりまでずっとそばにいた。 太郎は見張られているようで息が詰まる。 「おまえ、その指輪、どうしたんだ。」 「あっ。」  急いで隠した。 「あのヤクザがしてたな、それ。もらったのか?」 「そうだよ。悪い事してないよ。」 「会ったのか?」  隠れてコソコソしている太郎が許せない。 頬を引っぱたいた。 「何も悪い事、してない!」  太郎が徹司に初めて見せる顔だった。 キリリと歯を食いしばって睨んでくる。その目から涙がこぼれた。 「俺、大人になったら、ヤクザになる!」  太郎の言葉に、徹司はガックリと肩を落として 「帰ろう。」  と静かに言った。 徹司のアウディに乗って家に帰った。  太郎が逆らった。初めて徹司に憎しみをぶつけて来た。その事実に立ち直れない。  小さな仏壇の美咲の写真に話しかける。 「太郎は確実に大人になっている。 俺の手から飛び立って行くのも、もうすぐだ。  たまらなく、寂しい。」  写真の美咲はニッコリ笑っている。 その顔に美弦の影を見た。 ーあなたには美弦がいるじゃない。 あなたのために美弦を置いて行ったのよー  美咲に言われたような気がした。 (ああ、ずっと美弦に支えられて来た。 俺は美弦に甘え過ぎだな。)  ずっと自分はノーマルな男だと思っていた。 周りのゲイカップルに冷ややかな目を向けて来た。草太と零士のよき理解者のふりをして、でも、心の中では抵抗を感じていた。 (俺はマトモだ、普通だ、と勝手に壁を作って安心していたのでは無かったか?  男に恋愛感情を持つなんて。 でも、この気持ちは何だ?)  徹司は,ずっと美弦を必要としていたのでは無かったか?

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