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第89話 太郎の思い

 帰ってくるなり部屋に閉じこもった太郎は自己嫌悪に苛まれていた。 (徹司が大好きなのに、あんな顔して悲しませてしまった。ごめんなさい、が言えない。)  太郎は徹司が大好きだ。でも、陸を思う時とは全く違う。思いを持て余す。  徹司が止めるからって、陸に会いたい気持ちは消えない。 (まだ、中学生なんだ。このままじゃダメだ。 どうして一緒にいられないのか。)  朝方、4時頃、美弦が帰ってくる。毎日家族のように過ごす。  朝ごはんを用意して,太郎を起こしてくれる。 学校に送り出してから、美弦は眠るのだ。 「オカンの役目も長いな。」 「美弦、ありがとう。少し話せるか?」 「うん、どうした?」 「いや、太郎が恋をしてるんだ。」 「はは、知ってるよ。」 「え?」 「厄介な相手に、だろ?」  美弦が気付いていた事に驚きを隠せない。 「あのヤクザに恋してるんだ。 許される事じゃないだろ。」 「ああ、ウチの社長だ。親だったら絶対に認めたくない相手だな。」  絶対に上手くいく訳がない相手だ。向こうは太郎の事なんか歯牙にもかけないだろう、という美弦の感想だった。 「社長は腐るほどセフレがいる。ゲイだって、嫁もいる。流星は社長のお気に入り、恋女房だ。  誰も付け入る余地はない。 中学生の初恋なんて,そのうち自然消滅するよ。」  美弦の言葉に、徹司は随分安心した。 「子供の思いなんてすぐに忘れるよな。」  もっと普通の女の子を好きになってくれ、と祈るような気持ちだった。  美弦はもう何年も徹司に片思いだ。片思いの辛さはよく知っている。 (徹司、鈍いやつ。 俺の気持ちはどこへ行くのか。)  太郎は、指輪を取り出しては、頬に当てて陸の匂いを思い出そうとする。 (好きな人とずっと一緒にいられる大人に、早くなりたい。俺の事思ってくれてるかな?  結婚指輪もらったんだ。忘れてないよね。) 「社長、ミスが多いです。」  流星にたしなめられた。 「何、ぼうっとしてるんですか?」  太郎はどうしてるかな。そんな事ばかり考えていた。  

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