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第103話 カクテル
また,夜になった。ジュネの営業時間だ。
毎日いろんな人間が来る。
陸はカウンター席に座って、バーテンダーの健一にカクテルを注文した。
スティンガー。
ブランデーベースでミントがピリッと舌を刺す。
「辛口ですねぇ。何かあった?話聞こか?」
陸は笑ってバーテンダーの健一を見た。
大阪から来た健一は、話題が豊富でいつも明るい。流れて来た大阪では、何か訳ありだったろう。組関係だとわかって入って来たのだ。
堂島鉄平に頼まれて店に入れたのは陸の独断だった。
「さっきから、ため息ばかりでっせ。」
「いや,別に。たまには、たそがれさせてくれよ。」
「いやぁ、似合いすぎですよ。
カクテルグラスを持つ手が映画のワンシーンみたいだ。」
「おまえ、しゃべりすぎ。」
健一は客の注文に専念した。
陸はこの先のことを考えていた。太郎との未来。
隣にスッと零士が座った。
「ギムレット。ローズ社のライムで。」
「うるさい注文が多いな、この店。」
「おまえ、プロだろ。」
粋な手つきでシェークしてカクテルグラスに注いだ。
「ホントにローズ社のライムジュースがあるんだな。」
健一の自慢は、バックバーの品揃えだった。
いつもボトルを磨いている。
誰でも自分の聖域がある。誰も追随出来ない自慢の聖域。
「健一はすごいよ。
ここのモスコミュールはジンジャービアで作ってる。ブラッディ・シーザーもあるんだ。クラマトトマトジュースを置いてる。」
陸は健一のプロ意識を尊敬している。
「次はギブソンで。パールオニオンもホンモノだ。」
零士がグラスの中の、ピックで刺したパールオニオンを食べた。この酸味がジンに合う、と言っている。
「俺はマティーニをくれ。うんとドライで。
ため息くらいのベルモット。」
陸は珍しく酔っている。
零士にもたれかかって
「俺を抱いてくれよ、零士。」
陸は零士にだけネコだ。以前はセフレだった。
「ダメだよ。草太が待ってる。
泣かせたくないんだ。」
(ああ、俺だって太郎を泣かせたくない。
この胸で抱いて眠る日がくるだろうか?)
泣く子も黙る極道が弱気になっている。
徹司に二度と会うな、と言われてしまった。
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