108 / 198
第108話 岩橋すず
陸は、さっきからあくびを噛み殺している。
滅多に店には出ない陸だった。接客などすることは無い。極道の陸を無理やり指名して来る女。
「帰りたいんでしょ?さっきから上の空。
心、ここに無いわね。」
「じゃあ、帰っていいですか?」
隣に座って肩にもたれかかってくる。
「その冷たい目が好きよ。
いつになったら私を抱いてくれるの?」
陸が女を抱かない事をこの娘は納得出来ないらしい。
「東京で遊んでいてもみんなアタシを欲しがるのに、陸だけは知らん顔。面白く無いわ。」
ミスJ大のすずは男にフラれた事はない。
「俺よりもっと、いい男がいるでしょ。」
なぜか懐いて付きまとってくる。流星を恋人だ、と紹介しても全く動じない。
「アタシ、フラれたこと無いのよ。」
確かに可愛い。大学のミスコンで優勝するだけのことはある。ただし、陸の琴線には触れない。
全く好きになれない。
「俺、柔らかい女の身体が嫌いなんですよ。」
「カッコつけても所詮は男よね。やりたくなったら誰でもいいのよ。」
若いのに男を侮ってる。その自信はどこから来るのか?
すずは今まで、望みが叶わなかったことは無い。友達にいつも
「パパは偉い人なの。何でも叶えてくれる。
みんなパパにはペコペコするのよ。」
そう言って自慢にしていた。
裏社会を知っている陸からしたら、大したことは無い。この娘の父親を知らない。興味はなかった。あの名簿を見るまでは。
(岩橋剛助の娘?)
自分の父親を信頼して頼り切っているこの娘に
真実を教えてやろうか?
ぶち壊したい衝動を持て余す。
(子供に罪はない?
岩橋剛助のやっている事を知ったら、彼女の信じていたものは、どうなるんだろう。)
「陸、あなた、ヤクザなんでしょ。
調べたのよ。極道。親は,死刑囚だって?
本当ならアタシが相手になってあげるなんて、ないのよ。あなたにとって光栄なことでしょ。
ひれ伏して良いのよ。抱かせてあげる。」
血走った目で迫ってくる。
「なんて傲慢なお嬢さんだ。
逆にそれが魅力的だね。
俺は好きじゃないけど。」
「パパに言ってこんな店潰してやるわ。
反社じゃ、警察も喜ぶわね。
色々やってるんでしょ。」
この娘はこうやって自分の欲しいものを手に入れて来た。
「わがままなお嬢さん、
俺に抱かれたいんですか?」
陸は,ゾッとした。
ともだちにシェアしよう!

