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第108話 岩橋すず

 陸は、さっきからあくびを噛み殺している。 滅多に店には出ない陸だった。接客などすることは無い。極道の陸を無理やり指名して来る女。 「帰りたいんでしょ?さっきから上の空。 心、ここに無いわね。」 「じゃあ、帰っていいですか?」  隣に座って肩にもたれかかってくる。 「その冷たい目が好きよ。 いつになったら私を抱いてくれるの?」  陸が女を抱かない事をこの娘は納得出来ないらしい。 「東京で遊んでいてもみんなアタシを欲しがるのに、陸だけは知らん顔。面白く無いわ。」  ミスJ大のすずは男にフラれた事はない。 「俺よりもっと、いい男がいるでしょ。」  なぜか懐いて付きまとってくる。流星を恋人だ、と紹介しても全く動じない。 「アタシ、フラれたこと無いのよ。」  確かに可愛い。大学のミスコンで優勝するだけのことはある。ただし、陸の琴線には触れない。 全く好きになれない。 「俺、柔らかい女の身体が嫌いなんですよ。」 「カッコつけても所詮は男よね。やりたくなったら誰でもいいのよ。」  若いのに男を侮ってる。その自信はどこから来るのか?  すずは今まで、望みが叶わなかったことは無い。友達にいつも 「パパは偉い人なの。何でも叶えてくれる。 みんなパパにはペコペコするのよ。」  そう言って自慢にしていた。 裏社会を知っている陸からしたら、大したことは無い。この娘の父親を知らない。興味はなかった。あの名簿を見るまでは。 (岩橋剛助の娘?)  自分の父親を信頼して頼り切っているこの娘に 真実を教えてやろうか?  ぶち壊したい衝動を持て余す。 (子供に罪はない? 岩橋剛助のやっている事を知ったら、彼女の信じていたものは、どうなるんだろう。) 「陸、あなた、ヤクザなんでしょ。 調べたのよ。極道。親は,死刑囚だって?  本当ならアタシが相手になってあげるなんて、ないのよ。あなたにとって光栄なことでしょ。  ひれ伏して良いのよ。抱かせてあげる。」  血走った目で迫ってくる。 「なんて傲慢なお嬢さんだ。 逆にそれが魅力的だね。 俺は好きじゃないけど。」 「パパに言ってこんな店潰してやるわ。 反社じゃ、警察も喜ぶわね。 色々やってるんでしょ。」  この娘はこうやって自分の欲しいものを手に入れて来た。 「わがままなお嬢さん、 俺に抱かれたいんですか?」  陸は,ゾッとした。

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