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第110話 冤罪

 もう辺りは薄暗い。短い時間しかない。 「どこかに行くか?」 「ううん、時間がないから。」  下に降りて行く。陸の事務所で話をする事にした。太郎の希望だった。移動する時間がもったいない。 「何か、食い物を用意してくれ。」 店のキッチンに声をかけた。  おつまみみたいなチキンバスケットとフレンチフライ。そしてフルーツが来た。 「わあ、美味しそう!」 「酒のつまみみたいだ。何か飲むか?」  俺はビールを頼んだ。 「俺、コーラ。」  ブランデーに合いそうな可愛いチョコレートもあった。 「こんなものしかねえな。せっかく太郎が来たのに。太郎は何が好きなんだ?」  じっと見つめられてしまった。隣に座って陸の腕を触っている。  ヤクザの事務所なんかに出入りするのは教育上良くないだろう。つくづく,太郎のためにならない自分の稼業を思った。  見つめあって軽くキスした。今までたくさんキスして来たからキスのハードルが低い。  この前はそれ以上に進みそうになった。 「寂しかったよ。俺ずっと陸に会いたかった。」  真っ直ぐにみつめてくる。  ドアをノックする音が聞こえた。 「陸さん、警察が。」 ドアの向こうに蒼ざめた零士がいた。 「警察が踏み込んできた。」 後ろからドカドカと警察官が入って来た。 「安藤陸、刑法177条、不同意性交等罪で被害届が出てます。署までご同行願います。」 「何だって? 俺、人を強姦するほど相手に不自由してないぜ。」  太郎の目が見られない。 「零士、美弦に太郎を送って行くように言って。 身に覚えのない事だからすぐに帰れると思うけど。」  陸は慌ただしく,連行されて行った。  青い顔をした太郎を見て、零士が 「大丈夫だよ。きっと何かの間違いだ。」  被害届を出したのは、岩橋すず、だった。 あの日、前後不覚に酔っ払って帰ったすずは、この屈辱を晴らすべく強姦をでっち上げたのだ。父親が警察に圧力をかけた。その結果、必要以上に迅速に警察は動いた。  事の次第を聞いて、秋吉は,ヒヤヒヤした。 「芋蔓式にこっちに捜査の手が伸びたらどうするんだよ。岩橋の親バカが。」  岩橋はブーメランを喰らう事になる。

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