122 / 198

第122話 喧嘩上等

 感じの悪い客だった。稔が安藤組のバシタだとは、認めないと言う昔からの客だった。 「おい、おっさん、誰に向かって口聞いてる?」  胸ぐらを掴んで持ち上げた。デカい陸にチビの親父。哀れな爺さんだ。  稔は急いで包丁を隠した。 「やめろよ、息子が来てんだよ。 じじいは引っ込んでろ!」  迫力ある稔の啖呵におとなしくなった。 「この店はヤクザの店だな。 反社だ反社。警察呼べ!」 「ああ、ヤクザだよ。面白えな、警察呼べよ。」 「全く、酒癖悪いんだから。 玉川さん息子に謝って。出禁にするよ。 どこにも行くとこ無いんでしょ。」  玉川は孤独な元極道だった。 安藤甲斐が生きてた頃は、盃もらってゲソ入れて ずいぶん可愛がられたそうだ。今では年をとって地味な暮らしぶりだ。稔のこの店に来るのが唯一の楽しみだった。  酒好きでアル中のじじい。いつも稔に甘えて絡んでくる。 「玉川さん、座って落ち着いて飲みなさいよ。」  稔の優しさに、このじじいも救われている一人だろう。 「アンタが陸さんか? あの登龍会の若頭だって、な。 大したもんだ。甲斐親父が生きてたらなぁ。」 「ウチの人は、陸を極道には、したくなかったって言ってたよ。  でもやるならテッペンまでいけ、とも言ってたけど。」 「ああ、期待に応えられなかったな。 親父に謝らねえと。」 「おうっ、陸さん、紋紋見せてくれよ。 有名なんだよ。アンタの背中のマリア観音。 冥土の土産に拝ませてくれよ。」  懇願されてシャツを脱いだ。 「ほう、見事なもんだ。ありがたや。」 「拝んでんのか?恥ずかしい奴だな。」 「おうっ、俺も見せてやるよ。」  じじいが上に着ているシャツを脱いで、ラクダのシャツも脱いで背中を見せた。 「じじい、見事な彫りものだ。 桜吹雪に鯉掴みか?皺くちゃだなぁ。」 「昔はブイブイ言わしたもんよ。」  陸は老極道に自分の行く末を見た気がした。 「こんな年の取り方も悪くねえかもしれねえな。 熱燗、じじいにも出してくれ。」

ともだちにシェアしよう!