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第130話 真っ直ぐ

 また、日常生活が戻って来る。 不完全燃焼のまま、何の解決も見ないで、子供たちの事件は風化して行く。 「珍しいね、陸さんがウチに来るなんて。」 「たまにジャズが聴きたくなるんだよ。 マスター、スケッチ・オブ・スペイン、かけてよ。」  アランフェス協奏曲をベースにしたマイルスデイビスの名演奏だ。 「この前、お宅のバーテンダーの健一さんが見えましたよ。関西の叩き上げ。一流の腕前だね。」 「ああ、健一のカクテルにはこだわりがあって美味いよ。訳ありな奴だが。  俺にはシングルモルト、トワイスアップで。 あ、ボウモアがいいな。」  常温の水で半々に割ったウヰスキーを飲む。 「このところ、汚いスキャンダルばかり目にしてウンザリだ。」  疲れ気味の陸が冗舌になっている。 「櫻子さんのピアノ教室は人気なのかい?」 「ええ、おかげさまで。 太郎くんが上達しましたよ。」 (何で俺に太郎の話をふるんだ?)  陸は今さらながら、太郎の話が聞きたくてここに来た事に気づいた。 「レッスンが7時までだから、徹ちゃんか、美弦が迎えに来るんですよ。会っていきませんか?」 「何で俺が?」 「いつも、太郎くんが陸さんのお話ばかりするんでね。」  陸もあの真っ直ぐな瞳に会いたかった。  美弦が入って来た。 「ああ、陸さん、俺、営業前に太郎を送って行くんで。」 「徹ちゃんは来ないのか?」 「今夜は急ぎの仕事だそうで。」  櫻子さんが太郎を連れて入って来た。 太郎は陸を見つけて飛びついて来た。  ハグしてくる。素直な感情のままに。 「陸、会いたかった!」 「ああ、ここは人が多いよ。ちょっと待って。」  何の疑いもなく見つめてくる太郎に、気持ちが和む。健やかに育った健康な少年。 「極道にそんなに懐いたらだめだよ。」 笑って受け止める。 「俺が送って行きたいけど、もうウヰスキー飲んじまった。」 「俺も飲む。」 「二十歳になったらな。」 「早く大人になりたいよ!」 (急がなくていい。そのままでいてくれ。)

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