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第133話 すず
岩橋すずは、ちょくちょく店に来るようになった。父親は逮捕されたが、家には金があった。税金逃れか、至る所に隠し金があった。
笑ってしまうような場所に隠してあった。トイレの備品を入れるクローゼットのペーパーの箱の中に札束が突っ込まれてあった。
下着の引き出しの中にもあった。食品庫の梅干しの鉢の中にもあった。
(宝探しか?生活に困らなくていいけど、パパはいろんなところからキックバックをもらってたのね。)
母親はあの事件以来、実家に帰って引きこもっている。お嬢様育ちの母親は自分の事で精一杯で、娘など眼中に無いらしい。
すずは、その金でホストにハマっていた。初めは陸が目当てだった。今でも陸に抱かれたい。
でもいつも話し相手に指名するのはあの、荒井左千夫なのだった。
「いらっしゃいませ。ご指名は?」
蓮が接客に付くと
「陸を呼んで。忙しかったら左千夫でいいわ。」
蓮は笑いを噛み締めながら
「はい、よろこんで。」
「もう、バカにしてるでしょ。
ついでにアルマンドとフルーツ。」
シャンパンクーラーの乗ったワゴンを押して、左千夫がやって来た。
「いらっしゃいませ。」
「シャンパンを注いだら隣に座って。」
フルートグラスを手に取って
「乾杯しましょ。
君の瞳に乾杯、とか言ってよ。」
「あ、すいません。
きみのひとみに、、」
「ああ、もういいわ。」
被せるように言われてしまった。
「すいません。」
「すみません、よ。タバコ吸うんじゃ無いんだから、すいません、は、ないわ。」
左千夫はおもちゃにされている。
「ねえ、このあと、アフターどお?」
「え?アフターって何するんですか?」
「ああ、もう!つまらない人ね。」
左千夫は思い切って言った。
「あの、ウチのバーに行きませんか?」
指さす方にステップフロアになった一段低いバーがあった。美弦の弾くグランドピアノの隣だった。気を利かせてロマンチックな曲が流れる。
「ミスティだ。」
抜栓したシャンパンを放って置いて、バーカウンダーでカクテルを勧める。
「いらっしゃい。もう少しタイミングを考えたら?」
健一が呆れた。
「高いシャンパンがもったいない。」
「あなた、飲んでいいわよ。」
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