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第154話 予感

「静かだ。これから死にに行くのに 心は凪いでいる。」  事務所に太郎が飛び込んできた。 太郎はなにも知らない。知る由もない。ただ、嫌な予感がするのだった。  草太が太郎の家にやって来た。 「今日は店が臨時休業になったんだよ。 何か、忙しそうで、バタバタしてた。」  それを聞いた太郎は自転車に飛び乗った。 徹司と草太と美弦が驚いて見ている。 「太郎は社長に会いに行ったんだな。」  不穏な空気が感じられる。 店に着いた太郎は走って地下の階段を降りた。 「陸!」  いた!優しそうに笑ってこちらを見た陸は、今までで一番素敵だった。 「どこかに行くの?」  盃が机の上に並べて置いてあった。 流星が手早く片付けて席を外した。二人の間には大人の静けさがあった。 揺るぎない静謐。 (ああ、この人たちは大人なんだな。 ガキの俺の入る余地はない。)  それでもそばにいたい。  数日前、徹司が新聞で見つけた。 2年ぶりに死刑が執行された、という記事。 徹司は、以前聞いたことがあった。 陸の父親が確定死刑囚だという。もう何年も前に聞いた話だった。その時は小さい太郎に話す事ではない、と話題にしなかったが、ついに執行された事に徹司は動揺した。  もう話してもわかる年だろう。新聞を見せて 「この死刑執行されたのは、陸の父親のようだ。」  今関竜。太郎はショックを受けていた。 (どんなに深い川が流れているんだ? 俺と陸との間には。)  辿り着けない遠い人。 「陸、それでも、そばにいたい。」  ここ数日、考えていたことが胸騒ぎと共に蘇ってきた。まだ、我慢するのか?我慢して大人になるしかないのか?  いてもたってもいられなくてここに来た。 「陸、陸、どこへも行かないで!」  興奮している太郎の肩を抱いて、その場しのぎの言い訳はしたくない、と思った。 「太郎は何かを感じたのか? そう、これから一仕事だ。これが俺の仕事なんだよ。必ず帰って来るから泣くな。」  縋りつきたい。流星を見た。凛として立っている。手には白い盃。 「何?」 「水盃だよ。今生の別れだ。 これは太郎の、だ。」 渡された盃に水を注がれて、涙が落ちた。

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