154 / 198
第154話 予感
「静かだ。これから死にに行くのに
心は凪いでいる。」
事務所に太郎が飛び込んできた。
太郎はなにも知らない。知る由もない。ただ、嫌な予感がするのだった。
草太が太郎の家にやって来た。
「今日は店が臨時休業になったんだよ。
何か、忙しそうで、バタバタしてた。」
それを聞いた太郎は自転車に飛び乗った。
徹司と草太と美弦が驚いて見ている。
「太郎は社長に会いに行ったんだな。」
不穏な空気が感じられる。
店に着いた太郎は走って地下の階段を降りた。
「陸!」
いた!優しそうに笑ってこちらを見た陸は、今までで一番素敵だった。
「どこかに行くの?」
盃が机の上に並べて置いてあった。
流星が手早く片付けて席を外した。二人の間には大人の静けさがあった。 揺るぎない静謐。
(ああ、この人たちは大人なんだな。
ガキの俺の入る余地はない。)
それでもそばにいたい。
数日前、徹司が新聞で見つけた。
2年ぶりに死刑が執行された、という記事。
徹司は、以前聞いたことがあった。
陸の父親が確定死刑囚だという。もう何年も前に聞いた話だった。その時は小さい太郎に話す事ではない、と話題にしなかったが、ついに執行された事に徹司は動揺した。
もう話してもわかる年だろう。新聞を見せて
「この死刑執行されたのは、陸の父親のようだ。」
今関竜。太郎はショックを受けていた。
(どんなに深い川が流れているんだ?
俺と陸との間には。)
辿り着けない遠い人。
「陸、それでも、そばにいたい。」
ここ数日、考えていたことが胸騒ぎと共に蘇ってきた。まだ、我慢するのか?我慢して大人になるしかないのか?
いてもたってもいられなくてここに来た。
「陸、陸、どこへも行かないで!」
興奮している太郎の肩を抱いて、その場しのぎの言い訳はしたくない、と思った。
「太郎は何かを感じたのか?
そう、これから一仕事だ。これが俺の仕事なんだよ。必ず帰って来るから泣くな。」
縋りつきたい。流星を見た。凛として立っている。手には白い盃。
「何?」
「水盃だよ。今生の別れだ。
これは太郎の、だ。」
渡された盃に水を注がれて、涙が落ちた。
ともだちにシェアしよう!

