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第2話 男三人、暴露大会

ノンケの俺が、なぜ親友に抱かれることになったのか。 ことのきっかけは、およそ三カ月前に遡る。 飾音と雅人は、高校と大学時代、ずっと一緒にいた親友だ。 社会人二年目になっても、一カ月に一回集まって飲んで憂さ晴らしをするという習慣は続いていた。 いつもは俺が誘うのだが、その日はまだ一カ月も経っていないのに、雅人が集合をかけたのだ。 勿論、行かないという選択はない。 俺がいつもの飲み屋にいけば、そこには結婚式に出席したあとの正装姿の雅人が、既にぐでんぐでんに酔って飾音に絡んでいた。 「雅人がこんなに酔うのは珍しいな。何かあったのか?」 飾音が頷き、雅人はもう一人の絡む相手、つまり俺をじろりと見上げた。 「遅かったな彬良」 「悪い、これでも急いだんだって。で?どうした?」 「……ちゃんが結婚した」 「え?」 「ねーちゃんが結婚した」 「そりゃめでたいな。いくつだっけ? 確か俺たちより二歳上だったよな」 「ああ。でも全然めでたくない」 雅人は真顔で焼酎を一気に飲み干し、卓に突っ伏した。 「……俺のねーちゃんが」 荒れている理由はこれかと思いながら、飾音が注文してくれたレモンサワーを飾音と小さく乾杯してから軽く口をつけた。 「まあまあ、雅人ならいくらでも彼女できるだろ」 「嫌だ。俺はねーちゃんがいいんだ!」 握っていたコップを卓にたたきつけるようにして大きな音を鳴らしながら、雅人は顔をあげる。 いつも元気で明るい雅人が、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。 俺たち三人は、高校時代からモテた。 俺はしょっちゅう女をとっかえひっかえしていたが、飾音と雅人は俺の知る限り彼女を作らなかった。 飾音が彼女を作らない理由は知らなかったが、雅人は誰もが知るほどのシスコンだった。 一言めも二言めも「ねーちゃん」だったので、雅人を狙って近づいた女たちはターゲットを俺か飾音によく変えたものだ。 「そうか、残念だったな」 どこまで本気なのかわからないが、俺はひとまず慰める。 「でも、好きならお姉さんの幸せを願うことも大事じゃないか?」 姉なんだから、結婚はできないだろうとは言わない。 雅人だって、好きで姉弟に生まれたわけじゃない。 ……と思っていたら。 「俺とねーちゃん、実は血が繋がってないんだよ。義理の姉弟なんだ」 「えっ……」 初めて知った。 もしかしなくても、雅人は本当に、お姉さんに恋をしていたのだ。 俺が雅人と会ったのは高校時代だが、小学生の時には既にシスコンだったと飾音から聞いているから、恐らく十年以上は片思いをしている計算になる。 「……そりゃ確かに、こうなるな」 並んだ空のコップを見て、俺は不憫になる。 「でも、一途にずっと誰かひとりだけを見ていられるって凄いよ」 俺がポツリと呟くと、雅人は俺と飾音を交互に見た。 「ん?なんだ、どうした?」 「俺がこんな凄い秘密を暴露したんだ。お前たちも何か暴露しろ」 「横暴だなあ」 酔っ払いらしくそう命令する雅人に俺は笑いながら、再びレモンサワーを喉に流し込む。 うま。 すると、黙っていた飾音がするりと暴露話にのっかった。 「じゃあ、俺から。二人には俺がゲイだって、話したっけ」 「知ってる」 「え?」 何を今さら、という表情をする雅人と、驚いて目を瞬いた俺。 飾音がゲイ? 男が恋愛対象だったのか。 雅人だけが知っていたということを多少寂しく思う。 しかし、俺は幼馴染だった二人の間に高校からお邪魔したようなものなので、当然と言えば当然なのかもしれない。 それに、高校時代からずっとポーカーフェイスな飾音だけど、もしかしたら俺が飾音をもっと注意深く観察していたのなら、気づけていたことなのかもしれないし。 でも、それを聞いて、やっと納得がいった。 飾音が彼女を作らない理由は、それだったのか。 そんなことを一人ぼんやり考えていると、飾音と目が合った。 「……引いたか?」 「え? なんで?」 飾音は基本ポーカーフェイスだが、俺の目には大型犬がしょんぼりしているように見えた。 いつもはピンと跳ね上がっている耳が、垂れている。 「そんなことで引くわけないだろ」 俺たちの友情がそんなことで壊れるわけがない、むしろずっと秘密にされていたことのほうがショックだわと笑いながら言えば、飾音は安心したように微笑んだ。 「飾音は今まで、ええと、彼氏……いや、パートナーっていうんだっけ? いたことあるの?」 「いや、ずっと片思いしてるから、いない」 「そうなんだ」 相手は俺の知っている奴なんだろうかと気になりつつも、飾音から話す気になるまで聞かないほうがいいんだろうなと思って枝豆をつまんだ。 「飾音はまだ告らないのか?」 雅人は飾音の肩に自分の腕を回し、肩を組んだままその耳の近くでこそこそと尋ねる。 もしかしたら、雅人は相手を知っているのかもしれないとなんとなく感じた。 「相手はノンケだからな。彼女も途切れないし、告れない」 「あー……、まあ、タイミングっていうのも大事だよな」 でも、タイミングを大事にし過ぎて俺みたいになるなよと雅人は苦笑いをする。 「で、彬良は彼女と順調なのか?」 飾音の肩から腕を戻し、店員さんを呼び止めながら雅人が俺に話を振る。 「あー……つい最近、別れた」 俺がそう言いながらコップを空にすると、二人は目を見開いた。 「相変わらず回転早いなあ」 雅人が呆れたように言う。 回転とか言うな。 まあ、一途すぎる雅人に比べれば、そう言われても仕方ないのかもしれないが、付き合っている子とは常に真剣なお付き合いだ。 「んー……俺さぁ、ちょっと特殊だから……なかなか合うコが見つからないんだよね」 「合うコ?」 雅人と飾音にハモられ、俺はこくりと頷く。 酒の席だ。 二人もこの場の勢いで話しているということもあるし、何より二人を信用しているというのがでかい。 俺だけ話さないのもなんだしと思い、思い切って口を開く。 「俺さ……実はドMなんだよね。だから、今まで彼女と長続きしたことがないんだ」 俺はその日、誰にも話さなかった自分の秘密を暴露した。

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