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第29話 デート

「彬良、そろそろ起きよ。いい天気だよ」 「ん~……」 いい天気だろうがなんだろうが、飾音が戻ってきてからの三ヶ月間、基本的に週末はセックス三昧だった。 なのになぜ今日は起こすのだろうと思っていたら、飾音が答えをくれた。 「ほら、デート行こう」 「デート……?」 そういえば、昨日そんな話してたっけ。 俺は目をこすりながら、飾音におはよ、と挨拶をする。 「寝ぼけてる彬良も可愛いね。今日は一度朝起きて、朝食食べて、二回セックスしたところで彬良がまた寝ちゃったんだよ」 「……そうだっけ……」 それじゃあ今テーブルに準備してあるのは昼食か、と思いながらもそもそと怠い身体を動かし、飾音の部屋着を着る。 立ち上がろうとした時、つぅ、とローションがこぼれた気がした。 俺は慌ててティッシュを何枚か抜き、短パンに手を入れてお尻を押さえる。 「ごめん、汚しちゃったかも」 「問題ないよ。彬良が寝てる間に散々舐めたのに、まだ残ってたか」 「き、汚いからやめろよ」 「食べられるタイプのローションだから大丈夫」 「そういう問題じゃなくて……!」 顔を真っ赤にさせながらも声を大きくしようとしたが、声が掠れて全く締まらない。 「たくさん喘いだから、少し声が枯れちゃったね。ハチミツ舐める?」 「……うん」 口移しでハチミツを貰い、お互いの口内を貪り合う。 「甘」 「だね」 昼食を食べた後シャワーを浴び、風呂場では飾音に今度こそしっかりとローションを掻き出して貰った。 掻き出す側も掻き出される側も発情してしまい、本日三度目のセックスにもつれ込んだのはもうあるあるだ。 「うわー、本当にいい天気」 「デート日和だね」 やたらデートという言葉を連呼する飾音に、俺は笑ってしまう。 よっぽど経験してみたかったのだろうか。 しかし、男二人で出かけても普通はデートという認識なんてしないから、飾音も相手を振り向かせるのに苦労するんだろうなと思った。 「よし、今日はを楽しもう」 俺はふざけて飾音の腕にぎゅっとしがみつく。 飾音は俺の手を振りほどくことなく、嬉しそうに微笑を浮かべた。 「……で? どこ行くの?」 「昨日彬良が言ってたでしょ。家具屋かホームセンターだよ」 「俺、結構長居するから多分飾音は暇になっちゃうよ」 「いや、その間は楽しそうな彬良見て楽しむから、暇にはならない」 「……そう?」 どうやら本気らしい。 学校帰りに一人でゆっくり見たいから、と言ったのに、「彬良君と一緒にいるだけで幸せだから」とか言って勝手に着いて来て、「彼女である私を放ったらかしにした」だの「全然構ってくれなかった」だの言いふらしていた元カノが一瞬頭を掠める。 飾音はそんなこと、言わないだろう。 でも、あの時の俺には反省すべき点があった。 「デートの基本はさ、お互いが楽しむことだと思うんだ」 「うん」 「だから俺は、飾音にも楽しんで貰いたいな」 ちら、と上目遣いで飾音を見上げる。 飾音はうーん、と少し考えたあと、「じゃあ、総合雑貨店にいかない? 彬良も好きだろ?」と言ってきた。 「……ええと、それだと俺、好きすぎて夢中になっちゃうんだけど……!!」 俺にとっての天国、まさに一日中ずっといられる場所だ。 人によっては本屋だろうし、ゲーセンだろうし、アウトレットモールだろう。 家具屋とホームセンター……それを上回る俺の好きな場所ナンバーワンが、総合雑貨店なのだ。 地下フロアから七階まで各種雑貨が取り揃えられているお気に入りの総合雑貨店は、ヘルス&ビューティー用品が置いてある三階フロア以外をじっくりと舐めるように見て回ってしまう。 「ああ、やっぱり。彬良の部屋の小物、そこで購入した物が圧倒的に多いもんね。今まで一度も一緒に行ったことないから、一人で行ってるのかなって気になってたんだ」 「時間がかかりすぎるから、いつも一人で見て回るようにしてるんだよ」 「そう。でもさ、今日は俺も行きたいから、問題ないでしょ?」 うーん、と俺は悩む。 正直言えば、滅茶苦茶行きたい。 「……じゃあ、飾音が飽きたら俺に声掛けするっていうのを約束してくれるなら、いいよ」 俺がそう伝えると、飾音は面白そうに「わかった、きちんと言うよ」と言って頷いた。 *** 「うわー! 今日はマジで楽しかったー!!」 「うん、楽しかったね」 俺は欲しかった新商品を袋から取り出して、ホクホクとしながら眺めた。 結論から言えば、二十時の閉店間際までずっと店内をうろつき回っていた。 飾音はふらふらしながらあちらこちらで商品を見て回る俺の後をずっとついて回り、文句を言わないどころか俺が気づかず素通りしそうだった商品を教えてくれたり、一緒に見て盛り上がったりしてくれた。 一人で回れば誰にも邪魔されず、気を遣うこともないという利点はある。 しかし今回、飾音とならば一緒に見て回ることができ、それがこんなに楽しいことだったのだと初めて気づいた。 元カノとは何回か同じことを失敗して学んで一人で回ることを覚えたので、誰でもいいわけではない。 飾音と一緒だから、楽しかったのだ。 そして恐らく、飾音も心から楽しんでくれていた、と思う。 流石に腹を空かせた俺たちは、適当な居酒屋に入って乾いた喉を潤す。 「付き合ってくれてありがとな、飾音」 「こちらこそ、彬良とデート出来て嬉しい」 お互いにニコニコしながら好きな物を注文して、シェアする。 ご機嫌で気の大きくなった俺は、今日確信したことを話すべく、飾音のプライベートに少し踏み込んだ会話を始めた。 「飾音さ、もっと自信持てよ。セックスもデートとかも、本当に完璧だと思うよ。いい加減、好きな奴に告白しちゃえば?」 「……うーん、相手はノンケだから。告白するつもりはない」 「そうなの? でも、相手はまだ結婚してないんだろ? 誰かと結婚する前に、きちんと想いだけでも伝えておけば?」 もし飾音が当たって砕け散ったら、俺が責任持って、面倒見てやるよ。 酔いの回った頭で、心の中でだけ、呟く。 「いや、今の関係が崩れるくらいなら、このままでいいんだ」 「でも、飾音なら」 「傍にいられなくなるくらいなら、あ……相手が彼女を作ろうが、結婚しようが、今のままでいるって昔、心に決めたから」 「そっか……勿体ない」 俺だったら、飾音が相手なら、受け入れるのに。 そいつだって、同じように思うかもしれないのに。 「……あれっ、もしかして、彬良?」 そんなことを考えていた時、聞いたことのある女の声が、俺の名前を呼んだ。

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