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第30話 元カノ
「やっだー! 超久しぶりじゃん。相変わらず土岐君とつるんでるんだぁ?」
「ちょ、アケミ、勝手に座るなよ」
俺の元カノのひとりであるアケミは、二人席だがボックスで少し余裕のある俺の隣に、ぎゅうぎゅうと身体を押し付けて横向きに座って来た。
「足出すな、誰か引っ掛かったら危ないだろ」
「は~い。イケメン二人が飲んでるなーって思ったら彬良なんだもん。思わず声掛けちゃったよ」
「そのままスルーしてくれても良かったんだけど」
俺の目の前に座る飾音の機嫌が急降下している。
笑顔の後ろに北極が見える。
なんでこんなにわかりやすいのに、皆はわからないんだ。
「あははは! ねぇ彬良、今って誰か付き合ってる人いる?」
「いないけど、お前と寄りを戻すことはないよ」
「やだなあ、私は今、お付き合いしている人いるもんねー!」
じゃあなんで聞いたんだ、と思ったら、アケミはそのまま答えをくれた。
「それでね、ちょうど私の友達に彬良の話をしていたところだったの」
「イケメンだったって?」
「違う、ドMだったって」
ぴし、と空気が固まった。
酔っ払い怖い。
付き合ってたのは高校時代だったから、飲むとこうなる子だったのかと苦笑いする。
「そんなこと話されても、友達は困っただろ」
「違う違う。元々、その友達がSMクラブで女王様やってるって話で。それで、私の元彼がドMだよって話したら、興味あるって言ってたんだよ」
俺は飾音のほうを見ることが出来なかった。
彼女は付き合っていた当初から竹を割ったような性格で、だからこそ俺を苛めてくれるかもしれないと思って、セックスの最中に一度プレイをお願いしたことがある。
「じゃあ、その女の子はSMクラブで、S役をしてるってこと?」
「そうそう! なら私の元彼と性癖合うじゃんって話になって」
「……竹本さん。友達が探してるっぽいよ」
その時、飾音が「アケミ―?」と呼ぶ女の子のほうを指差して、会話に割って入った。
俺は天の助けとばかりにそれに縋る。
「アケミ、ほら呼んでるぞ。さっさと行けって」
「ねえ彬良、連絡先変わってないよね? 今度連絡するから、彼女いないなら一度その子と会ってみれば」
こいつは、どんな頭の構造しているんだろうか。
身体の関係まである元彼の俺が友達がくっついたら、下手すれば結婚までしたならば、とか考えないのだろうか。
「わかったから、さっさと行け」
「じゃあまたね! 土岐君も会えて嬉しかったよ、また今度ゆっくり話そうね!」
多分、何も考えないのだろう。
そうだ、昔からアケミはそういうコだった。
明るくて楽しくて元気で、人の地雷を平気で踏み抜くような……!!
嵐のようなアケミが立ち去り、俺たち二人の間に沈黙が訪れる。
顔を上げることも出来ないまま、俺はちびちびとレモンサワーに口付けた。
「……会うの?」
「え?」
「竹本さんが、紹介する女と」
飾音は頬杖をつきながら、視線をずらして俺に尋ねる。
俺は飾音をまじまじと見て、口を開いた。
「……まだわかんない」
わからない。
わからないんだ。
今、飾音が何を感じているのか。
こんなこと初めて……いや、三度目だな、と思って俺は平静を装うためにメニュー表をパラパラと捲る。
そうだ、初めて飾音の感情が読めなかったのは、俺に初めて彼女ができた時のことだった。
雅人も飾音も「おめでとう」と言ってくれたけど、あの時も飾音の感情が読めなかった。
雅人は喜んでくれていたけど、飾音から感じたのは「無」だったんだ。
二回目は、俺が童貞を捨てたと屋上でパンを齧りながら報告した時のことだった。
雅人は「先を越されたー」って悔しがってて、飾音は……「ふーん」と言いながら、弁当をつついてた。
その時の飾音の反応が気になったから、男同士とはいえあまりこうした話は好きじゃないのかなと思って、それ以来彼女と別れたり彼女が出来たりしても、雅人から聞かれない限り、自分からは話さないようにしていたんだけど。
「わかんないって、なんで? 性癖合うって、貴重なんだろ」
飾音にそう言われて、ぐっと詰まった。
飾音がご主人様になってくれる間は彼女を作らないでもいいかも、と俺が思っていたことなんて、飾音にとっては余計な情報だ。
万が一、飾音が想い人に告白をする気になった時、俺の存在を思い出してしまうかもしれない。
飾音には、幸せになって欲しい。
足枷には、なりたくない。
「まぁ、会うだけなら会ってみようかな」
だからここで、「会わない」なんて、言える筈もない。
そもそも俺と飾音の今の関係は、お互いに良い人が出来るまでの限られた契約みたいなものだ。
飾音も今は告白をするつもりはないみたいだけど、人の気持ちなんて変わるものだから。
何とも思っていなかった親友を、この半年で親友以上に見てしまうようになった、俺みたいに。
だったら、自分が離れても平気だって、飾音に思って貰わないと。
そして、飾音が離れることを寂しいなんて、俺こそ思わないようにしないと。
「……そっか」
「そ、それよりさー、この前一緒に見たドラマさ……」
俺も飾音も、その後は普通に会話をしていたと思う。
デートはとても楽しかった。
居酒屋の食事や酒も美味しかった。
なのになぜかその後からずっと、俺たちの間には暗く淀んだような空気が漂っていた。
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