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第31話 気づき *

「どぉもー、初めまして! うっわー、想像していたよりずっとイケメンですね!」 「はは、ありがとうございます」 俺はペコリと頭を下げる。 目の前の初めましての女性の、真っ黒い艶のある髪はとても美しい。 「アケミからぁー、M男だって聞いたから、どんな不細工なのかと思って、あまり期待していなかったんですけどぉー」 「お仕事でも、そうした人と関わることがあるってお聞きしました」 「ああ、副業です副業。そうなんですよぉ、店に来るMの男ってぇ、高収入なんですけどデブだったり容姿がイマイチな男が多くてぇ。けど、その辺、彬良さんならばっちりです!」 目の前の女性は、俺を気に入ってくれたらしく、瞳をキラキラさせながら口の前で両手を組む。 「ええと、ありがとうございます……?」 そんなことを口にする彼女自身、容姿は並……か、失礼ながら並以下か。 なるほど、と俺は思った。 どうやら俺は、アケミが彼女にマウントを取るための道具として使われたようだ。 アケミは俺が彼女を振ると、確信しているのだろう。 「どうしてSMクラブで女王様をやっているんですか?」 痛がる様子や恥ずかしがる様子が可愛い、とか。 苛めて欲しいという懇願を叶えてあげたい、とか。 飾音との会話で、そんな回答を想定しながら質問した俺が馬鹿だった。 「男って人を見下す生き物じゃないですかぁ。本業が事務なんですけどぉ、その職場にも嫌な男の上司が多くてぇ。合法で男を踏みつけたり、鞭で叩くことが出来るなんて、最高じゃないですかぁ!」 俺が苦笑いしていることに気づかない彼女は、にっこり笑って止めの一撃を投下した。 「まぁ、日ごろの鬱憤を晴らすため、みたいな?」 どうやら俺は、Sにも色んなタイプがいるということを失念していたらしい。 紹介して貰った手前、失礼があってはいけないと、その後も心を込めて「接待」した。 そして帰り際、ホテルに誘わない俺に痺れをきらしたのか、「良かったらホテルでも……」と胸を押し付けてきた彼女から距離を取り、「実は今、気になっている人がいて」と言って、別れた。 彼女の性格上、時間の無駄だったと言って怒るかなと思ったのだが、「イケメンとタダでデート出来たと思えばいいです、わざわざ会ってくれてありがとう」とお礼を言われた。 もしかしたら、本当に今の職場が合わなくて、日々のストレスをどう発散していいのかわからない子だったのかもしれない。 ただ、強がってみせているだけで。 そしてアケミや彼女とは、それ以来連絡を取ることはなかった。 *** 「……彬良?」 「え、何で幽霊でも見たような顔してんの? てか、飾音が幽霊みたいになってるけど」 土曜日。 金曜は紹介された彼女と会っていたので飾音の家には来なかったが、その連絡をして以来、既読が付かずに飾音と連絡が取れないままだった。 しかし、貰っていた合鍵で俺がいつも通りに飾音の家を訪れると、中から髭や髪をボサボサにした飾音がドタバタと物凄い音をたてて玄関まで出迎えに来てくれた。 飾音が出迎えに来てくれるのはいつものことなんだけど、基本的に動きはスマートで身嗜みも整っている。 なのに、今日は台風が来たあとのような仕上がりだった。 飾音にも人間らしい一面があるんだなと思って、嬉しくなる。 そうか、飾音も完璧な人間だというわけじゃなくて、格好をつけていただけなんだ。 「連絡取れなかったけど、来ちゃった。あがっても大丈夫?」 「う、うん勿論……ねぇ、彬良」 「ん?」 「か、彼女は?」 靴を揃えて並べ、俺は振り向く。 「彼女?」 「紹介された女と、昨日会ってたんじゃないの?」 「会って来たよ」 「……で」 「で?」 「つ、付き合うことに」 「ならなかったよ」 「え?」 俺は途中のコンビニで買ってきたレモンサワーやビールを、冷蔵庫に突っ込む。 「うわ、飾音。食料なにもないじゃん。買ってくれば良かったな」 なぜかこの日、飾音の冷蔵庫は初めてえっちなことをした日と同じようにすっからかんだった。 「ごめん、今週は、というかもう、うちには来ないと思ってたから……」 「いや、責めているわけじゃないって。てか、いつも用意させてたんだよな、こちらこそごめん」 お泊りをする俺のために、いつも食料を買い込んでくれていたのだ。 飾音の気遣いに触れて、心が温かくなる。 そしてそんな飾音の好意を当たり前に受け取っていた自分に、腹が立つ。 「紹介された女性とは上手くいかなかったんだ」 俺は立ち上がりざまに振り向くと、後ろで突っ立っていた飾音の首に両腕を回す。 「だから慰めてよ、飾音」 ぐっと腕に力を込めて、距離を詰める。 目を見開いて少し驚いたような顔をした飾音は、次の瞬間にはその瞳に安堵を浮かべた。 更に顔を寄せて飾音の唇を舐めれば、獰猛な獣が目覚めることを、俺は知っている。 「彬良……っ」 「ん……ふぅ♡」 ぐっと頬を掴まれ、口付けられた。 激しく舌を絡ませ合っては吸われ、歯列をなぞられ、口内を蹂躙されることに悦びを感じる。 お互いの屹立したものを生地越しに擦り合わせるようにして、腰を振った。 ああ、やっぱり。 俺は、飾音を、好きになっていたんだ。

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